宋史卷二百七十六 列傳第三十五 尹憲

尹憲

  • 并州晋陽の人。開宝中、太宗に藩邸で事えた。太宗即位後、殿直に抜擢され延州保安軍使を充て供奉官に改まる。太平興国4年(979年)、府州の屯兵を護り鄜州の三族と会して嵐州を攻め敵千余を破り偽知嵐州事馬延忠を擒え、縁河の諸砦を抜き、功により西京作坊副使に転じる。
  • 朔州界に入り寧武軍を破りその軍使を殺し人馬器甲を多く獲る。護夏州兵に改まり供備庫使に転じる。三汊・醜奴・莊岌・伽羅膩葉の14族を殺戮しその渠帥を誘い、たびたび詔書で褒美された。雍熙初、詔で就いて知夏州となり李継遷の衆を地斤沢で撃破、継遷は遁走し4百余帳を俘獲した。部内の諸帳を抽移して別に騎兵を置き「平砦」と号して備えることを奏請し詔で従われた。まもなく蘆関・南山の野狸数族を殺し、諸族はついに懐柔された。代わって帰り洪州巡検となる。まもなく護莫州屯兵を命じられる。
  • 淳化3年(992年)、知瀛州兼兵馬鈐轄を命じられ富州刺史を領し東上閤門使に遷る。端拱2年(989年)、知滄州から邢州に移り、いずれも鈐轄を兼ねる。淳化初、王文寳と共に四方館使を命じられ連ねて鎮定州の屯兵を護る。知貝州に改まり高陽関兵馬鈐轄に移る。淳化5年(994年)、知定州となるが、兵馬部署王栄と不協で、栄は素より粗暴であり忿りにより憲を殴って地に倒した。憲は快々として病を発し数日後に没した、享年63。