宋史卷一百三十九 樂志第九十二
樂十四(樂章八)について
この巻は歴代の重要儀礼(皇太后・皇帝・皇后への尊号奉呈、皇后冊立、皇太子冊立、皇子の元服、郷飲酒礼、聞喜宴・鹿鳴宴)で用いられた楽章(雅楽の歌詞)を年代順に収める。各儀礼は「冊宝を宮殿から降ろす」「門を出る」「宮中に入る」「殿に昇る」「座に即く」「冊宝を読み上げる位置に至る」「座を降りて退く」といった一連の所作に分かれ、所作ごとに専用の曲(「○○正安」「○○聖安」等、曲名末尾は用いられる楽調名)が作られている。歌詞はいずれも対象者の徳・長寿・国家の安泰を寿ぐ定型的な頌詩で、内容は所作の場面ごとにほぼ共通する。以下、収録順に曲名を挙げる。
紹熙元年 恭上壽聖皇太后・至尊壽聖皇帝・壽成皇后尊號冊寶十四首
光宗の紹熙元年(1190年)、孝宗(壽皇聖帝、退位後は壽聖皇帝)・その皇后(壽成皇后)・高宗の皇后(壽聖皇太后)の三宮に尊号を奉った際の楽章。 - 大慶殿發冊寶降殿正安 - 中書令侍中奉三宮冊寶詣東階下用禮安 - 冊寶出門正安 - 冊寶入重華宮正安 - 至尊壽聖皇帝升坐乾安(降座も同曲) - 太傅中書令奉至尊壽聖皇帝冊升殿用聖安 - 太傅侍中奉至尊壽聖皇帝寶升殿用聖安 - 太傅中書令侍中奉壽聖皇太后冊寶升殿用聖安 - 太傅中書令侍中奉壽成皇后冊寶升殿用聖安 - 皇帝從聖壽皇太后冊寶詣慈福宮用正安 - 壽聖皇太后出閤升坐坤安(降座も同曲) - 内侍官舉壽聖皇太后冊寶詣讀冊寶位用聖安 - 皇帝詣壽成殿壽成皇后出閤升坐坤安(降座も同曲) - 内侍官舉壽成皇后冊寶詣讀冊寶位用聖安
いずれも三宮それぞれへ冊宝(尊号を記した冊書と印璽)を捧げ持って移動し、昇殿・着座・読み上げに至る各段階を歌う。歌詞は「慈しみ深き親に孝心を尽くし、名号を建てる」「天子みずから儀を執り行う」「三宮そろって栄える」等、孝行と三宮の長久を繰り返し称える。
紹熙四年 加上壽聖皇太后尊號八首
光宗の紹熙四年(1193年)、壽聖皇太后(高宗皇后)へさらに尊号を加えた際の楽章。 - 大慶殿發冊寶降殿正安 - 中書令侍中奉壽聖皇太后冊寶詣東階下禮安 - 冊寶出門正安 - 冊寶入慈福宮殿門正安 - 太傅中書令侍中奉壽聖皇太后冊寶升殿聖安 - 冊寶詣宫中正安 - 壽聖皇太后出閤升御坐坤安(降座も同曲) - 内侍官舉壽聖皇太后冊寶詣讀冊寶位用聖安
内容は皇太后の徳の厚さと長寿を寿ぎ、冊宝が慈福宮に至るまでの荘重な行列を描く。
慶元二年 恭上太皇太后・皇太后・太上皇帝・太上皇后尊號二十四首
寧宗の慶元二年(1196年)、太皇太后(憲聖慈烈皇后呉氏)・皇太后(成穆皇后李氏)・太上皇帝(光宗)・太上皇后(慈懿皇后李氏)の四宮へ同時に尊号を奉った際の楽章。 - 冊寶降殿 - 冊寶授太傅奉詣東階下 - 冊寶出門 - 慈福宫寶冊入門 - 冊寶升殿 - 冊寶詣宫中 - 太皇太后出閤升坐 - 冊寶詣讀冊寶位 - 太皇太后降坐歸閤 - 壽慈宫冊寶入門 - 冊寶升殿 - 冊寶詣宫門 - 皇太后出閤升坐 - 冊寶詣讀冊寶位 - 皇太后降坐歸閤 - 壽康宫冊寶入門正安 - 太上皇帝升御坐乾安 - 太上皇帝冊寶升殿聖安 - 太上皇后冊寶升殿聖安 - 太上皇帝降御坐乾安 - 冊寶詣宮中正安 - 太上皇后出閤升坐坤安 - 讀冊寶聖安 - 太上皇后降坐歸閤坤安
太皇太后(慈福宮)・皇太后(壽慈宮)・太上皇帝太上皇后(壽康宮)と、宮ごとに冊宝を奉る所作が繰り返される。歌詞は「三聖(歴代三代の皇帝)の授受」「子孫の繁栄」など王朝の連続性と孝道を強調する。
嘉泰二年 恭上太皇太后尊號八首
寧宗の嘉泰二年(1202年)、太皇太后(憲聖慈烈皇后)へ尊号を奉った際の楽章。 - 冊寶降殿 - 冊寶詣東階 - 冊寶出門 - 壽慈宮冊寶入門 - 冊寶升殿 - 冊寶詣宮中 - 太皇太后升御坐(降座も同曲) - 冊寶詣讀冊寶位
紹定三年 壽明仁福慈睿皇太后冊寶九首
理宗の紹定三年(1230年)、皇太后(楊皇后)へ「壽明仁福慈睿」の尊号を奉った際の楽章。 - 文德殿冊寶降殿 - 冊寶詣東階 - 冊寶出門 - 慈明殿冊寶入門 - 冊寶升殿 - 冊寶詣宮中 - 皇太后升御坐 - 冊寶詣讀冊寶位 - 皇太后降御坐
哲宗發皇后冊寶三首
哲宗の皇后冊立の際の楽章。 - 皇帝升坐乾安 - 降坐乾安 - 太尉等奉冊寶出入正安
紹興十三年 發皇后冊寶十三首
高宗の紹興十三年(1143年)、皇后(憲聖慈烈皇后呉氏)冊立の際の楽章。 - 皇帝升坐乾安 - 使副入門正安 - 冊寶出門正安 - 皇帝降坐乾安 - 皇后出閤坤安 - 冊寶入門宜安 - 皇后降殿承安 - 皇后受冊寶成安 - 皇后升坐和安 - 内命婦入門惠安 - 外命婦入門咸安 - 皇后降坐徽安 - 皇后歸閤㤗安
天地・夫婦の道を説く冒頭句に始まり、皇后の受冊・昇殿・内外命婦の参列までの次第を歌う。
淳熙三年 發皇后冊寶十三首
孝宗の淳熙三年(1176年)、皇后冊立の際の楽章。曲名構成は紹興十三年の型と同じで、「皇帝升坐乾安」から「皇后歸門泰安」まで十三曲。
淳熙十六年 皇后冊寶十三首
孝宗末・光宗初の淳熙十六年(1189年)、皇后(慈懿皇后李氏)冊立の楽章。同じく十三曲構成。
嘉泰三年 皇后冊寶十三首
寧宗の嘉泰三年(1203年)、皇后(恭淑皇后韓氏)冊立の楽章。同じく十三曲構成。
嘉定十五年 皇帝爰膺天命之寶三首
寧宗の嘉定十五年(1222年)、「恭膺天命之寶」の玉璽制作にちなむ楽章。曲はいずれも太簇宮。 - 恭膺天命之曲太簇宮 - 舊疆來歸之曲太簇宮 - 永清四海之曲太簇宮
祖宗による受命、旧領の帰服、四海の平定を頌える。
至道元年 冊皇太子二首
太宗の至道元年(995年)、皇太子(後の眞宗)冊立の楽章。 - 太子出入正安 - 羣臣稱賀正安
天禧三年 冊皇太子一首
眞宗の天禧三年(1019年)、皇太子(後の仁宗)冊立の楽章。 - 太子出入明安
乾道元年 冊皇太子四首
孝宗の乾道元年(1165年)、皇太子(後の光宗)冊立の楽章。 - 皇帝升坐乾安 - 太子入門明安 - 太子出門明安 - 皇帝降坐乾安
乾道七年 冊皇太子四首
乾道七年(1171年)、別の皇太子冊立の楽章。曲名構成は乾道元年と同じ。
嘉定二年 冊皇太子四首
寧宗の嘉定二年(1209年)、皇太子(後の理宗を含む代の皇太子)冊立の楽章。 - 皇帝升坐 - 太子入門受冊寶 - 太子受冊寶出門 - 皇帝降坐
寶祐二年 皇子冠二十首
理宗の寶祐二年(1254年)、皇子の元服(冠礼)の際の楽章二十曲。 - 皇帝將出文德殿隆安 - 賔贊入門祗安 - 賔贊出門祗安 - 皇帝降坐隆安 - 皇子初行 - 賔贊入門 - 皇子詣受制位 - 皇子升東階 - 皇子升筵 - 初加 - 初醮 - 再冠 - 再醮 - 三加 - 三醮 - 皇子降 - 朝謁皇帝將出 - 皇子再拜 - 皇子退 - 皇帝降坐
冠礼の「初加・再冠・三加」(冠を三度重ねて授ける)、「初醮・再醮・三醮」(その都度酒を勧める)という古礼の次第に沿って一曲ずつ配し、皇子の成人と徳の完成を寿ぐ。
淳化鄉飲酒三十三章
太宗の淳化年間、郷飲酒礼(地方における賓客饗応の礼)で用いられた歌。『詩経』の篇に倣った組曲で、末尾に「右○○○章章○句」と各組の章数・句数が注記される。 - 鹿鳴六章(章八句)――賓客をもてなす宴の歓び - 南陔二章(章八句)――親への孝養を歌う - 嘉魚八章(章四句)――君子が礼をもって賓客を迎える - 崇邱二章(章八句)――万物がおのおのその性を得て育つさまを歌う - 關雎十章(章四句)――夫婦・君臣の徳と賢者登用を歌う - 鵲巢六章(章四句)――嫁ぐ女性の幸いを歌う
大觀聞喜宴六章
徽宗の大觀年間、科挙及第者を祝う聞喜宴の楽章。 - 狀元以下入門正安 - 初舉酒賔興賢能 - 再酌於樂辟雍 - 三酌樂育英才 - 四酌樂且有儀 - 五酌正安
太学(辟雍)で人材を育て用いる意を歌い、状元以下及第者の栄誉を祝う。
政和鹿鳴宴五首
徽宗の政和年間の鹿鳴宴(郷試及第者を送る宴)の楽章。 - 初酌酒正安 - 再酌樂育人才 - 三酌賢賢好德 - 四酌烝我髦士 - 五酌利用賔王
『詩経』鹿鳴篇の語句を多く踏まえ、賢才を育て天子に用いる意を歌う。