宋書卷十 本紀第十 順帝

順皇帝、諱は凖、字は仲謀、小字は智観(469–479年)。明帝の第三子。後廃帝が殺害された夜に蕭道成(斉王、後の斉高帝)らに迎えられて即位した、宋最後の皇帝。在位中は荆州刺史沈攸之の反乱を蕭道成が鎮圧するなど実権は完全に蕭道成に握られ、昇明三年(479年)に禅譲を強いられて宋は滅亡した。

年表(7件)

出自と生い立ち

  • 順皇帝、諱は凖、字は仲謀、小字は智観、明帝の第三子。泰始5年(469年)7月癸丑生まれ。泰始7年(471年)安成王に封ぜられ食邑3千戸、撫軍将軍を拝し佐史を置く。後廃帝即位に伴い揚州刺史となる。元徽2年(474年)車騎将軍・都督揚南豫二州諸軍事に進号し鼓吹一部を賜り、刺史はそのまま。元徽4年(476年)驃騎大将軍開府儀同三司に進号し班剣30人を賜り、都督・刺史はそのまま。元徽5年(477年)7月戊子夜、後廃帝が殺され、王(順帝)を迎え朝堂に入居させる。壬辰、皇帝に即位。

昇明元年(477年)

  • 改元し天下に大赦、文武に位二等を賜う。甲午、鎮軍将軍斉王(蕭道成)、東城に出鎮し輔政・作相。丙申、詔を下し、財政窮乏・戦乱による疲弊を憂え、車服儀制を簡素化し御府二署を省き、彫飾の類を禁断することを命じる。征西大将軍荆州刺史沈攸之、車騎大将軍開府儀同三司に進号。尚書左僕射中領軍鎮軍将軍南兖州刺史斉王、司空録尚書事となり驃騎大将軍・刺史はそのまま。中書令衛将軍開府儀同三司撫軍将軍劉秉、尚書令となり中軍将軍を加えられる。安西将軍郢州刺史晋煕王燮、撫軍将軍揚州刺史となる。南陽王翽、郢州刺史となる。
  • 辛丑、尚書右僕射王僧虔、尚書僕射となる。右衛将軍劉韞、中領軍となる。金紫光禄大夫王琨、右光禄大夫となる。司空斉王に銭500万・布5千匹を給う。癸卯、車駕、太廟に謁す。丙午、安西参軍明慶符、青冀二州刺史となる。武陵王賛、郢州刺史となる。新任郢州刺史南陽王翽、湘州刺史となる。司空南兖州刺史斉王、南徐州刺史を改めて領す。征虜将軍李安民、南兖州刺史となる。雍州で洪水。
  • 8月壬子、使者を遣わし賑恤し税調を免除。驃騎長史劉澄之、南豫州刺史となる。山陽太守于天宝・新呉県子秦立、罪あり獄に下され死す。戊午、平凖署を改める。辛酉、宣城太守李霊謙、兖州刺史となる。癸亥、司空袁粲、石頭に鎮す。丁卯、元年以前の未納租調を免除し郡県の禄田を復す。戊辰、帝の生母陳昭華を崇拝し皇太妃とする。庚午、司空長史謝朏・衛軍長史江斅・中書侍郎褚炫・武陵王文学劉俁、殿省に入直し文義を参侍。斉王、司空を固辞。庚辰、驃騎大将軍開府儀同三司となる。
  • 9月己丑、詔を下し、聖王没後の淳風の衰えを慨嘆し、賢才の推挙を広く郡県に命じる。己酉、廬陵王暠、薨去。冬11月己酉、倭国、使者を遣わし方物を献ず。丙午、員外散騎侍郎胡羨生、行越州刺史となる。交州刺史沈景徳、広州刺史となる。12月丁巳、驍騎将軍王広之、徐州刺史となる。車騎大将軍荆州刺史沈攸之、挙兵して反す。丁卯、録公斉王、朝堂に入り守る。侍中蕭嶷、東府に鎮す。戊辰、内外戒厳。
  • 己巳、郢州刺史武陵王賛、安西将軍荆州刺史となる。征虜将軍雍州刺史張敬児、鎮軍将軍に進号。右衛将軍黄回、平西将軍郢州刺史となり諸軍を督し前鋒南討。征虜将軍呂安国、湘州刺史となる。都官尚書王寛、平西将軍を加えられる。庚午、新任左衛将軍斉王世子(蕭賾)、新任撫軍将軍揚州刺史晋煕王燮、尋陽の盆城に鎮す。壬申、驍騎将軍周槃龍、広州刺史となる。この日、司徒袁粲、石頭に拠って反す。尚書令劉秉・黄門侍郎劉述・冠軍王蕰、衆を率いてこれに赴く。黄回および輔国将軍孫曇瓘・屯騎校尉王宜興・輔国将軍任侯伯・左軍将軍彭文之が密かに呼応、中領軍劉韞・直閤将軍卜伯興は殿内で同謀した。録公斉王、劉韞らを省内で誅殺。軍主蘇烈・王天生・薛道淵・戴僧静ら石頭を陥れ、袁粲を城内で斬る。劉秉・劉述・王蕰は城を越えて逃げたが追われて捕えられ、いずれも誅に伏す。その他は問わなかった。豫州刺史劉懐珍・雍州刺史張敬児・広州刺史陳顕達はいずれも義兵を挙げ、司州刺史姚道和・梁州刺史范柏年・湘州行事庾佩玉は衆を擁して去就を決しかねていた。
  • 甲戌、天下に大赦。乙亥、尚書僕射王僧虔、尚書左僕射となる。新任中書令王延之、尚書右僕射となる。呉郡太守劉遐、郡に拠り反したが輔国将軍張瓌が討ち斬る。閏月辛巳、屯騎校尉王宜興、罪あり誅に伏す。癸巳、沈攸之、郢城を攻囲したが、前軍長史柳世隆が固守。攸之の弟登之、呉興で反乱を起こしたが呉興太守沈文秀が討ち斬る。己亥、内外戒厳、録公斉王に黄鉞を仮す。辛丑、寧朔将軍北秦州刺史武都王楊文慶、征西将軍に進号。乙巳、録公斉王、新亭に出頓。

昇明二年(478年)

  • 春正月、沈攸之、将の公孫方平を遣わし西陽に拠らせたが、辛酉、建寧太守張謨がこれを撃破。丁卯、沈攸之、郢城より敗走。己巳、華容県民がこれを斬って送る。左将軍豫州刺史劉懐珍、平南将軍に進号。辛未、鎮軍将軍雍州刺史張敬児、江陵を克ち攸之の子光琰を斬る。荆州平定、同逆はみな誅に伏す。丙子、戒厳を解く。新任侍中柳世隆、尚書右僕射となる。この日録公斉王、東府の鎮に戻る。丁丑、江州刺史邵陵王友、安南将軍豫州刺史となる。左衛将軍斉王世子、江州刺史となる。侍中蕭嶷、領軍となる。鎮軍将軍雍州刺史張敬児、征西将軍に進号。平西将軍郢州刺史黄回、鎮西将軍に進号。
  • 2月庚辰、尚書左僕射王僧虔、尚書令となる。尚書右僕射王延之、尚書左僕射となる。癸未、録公斉王、太尉を加授される。衛将軍褚淵、中書監司空となる。甲申、荆州を曲赦。丙戌、撫軍将軍揚州刺史晋煕王燮、中軍将軍開府儀同三司に進号。戊子、雍州沿沔の水害被災民の租布を免除。
  • 昇明3年、辛卯、郢州刺史新任鎮南将軍黄回、鎮北将軍南兖州刺史となる。南兖州刺史李安民、郢州刺史となる。癸巳、山陰令傅琰、益州刺史となる。丙申、左軍将軍彭文之、罪あり獄に下され死す。行湘州事任侯伯、前湘州行事庾佩玉を殺し首を京邑に伝える。3月庚戌、広州刺史周槃龍、司州刺史となる。輔国将軍劉悛、広州刺史となる。丙子、太尉斉王に羽葆鼓吹を給う。
  • 夏4月己卯、遊撃将軍垣崇祖、兖州刺史となる。辛卯、新任鎮北将軍南兖州刺史黄回、罪あり賜死。甲午、輔国将軍淮南宣城二郡太守蕭映、行南兖州刺史となる。5月戊午、倭国王武、使者を遣わし方物を献ず。武を安東大将軍とする。輔国将軍行湘州事任侯伯、罪あり誅に伏す。6月己丑、前新会太守趙超民、交州刺史となる。丁酉、輔国将軍楊文弘、北秦州刺史武都王となる。
  • 8月辛卯、太尉斉王、奇飾麗服を断つ上表14条を行う。乙未、江州刺史斉王世子、領軍将軍撫軍将軍となる。丙申、領軍蕭嶷、江州刺史となる。9月乙巳朔、日食。丙午、太尉斉王に黄鉞・都督中外諸軍事・太傅・領揚州牧を加え、剣履上殿・入朝不趨・賛拝不名を許し、左右長史・司馬・従事中郎・掾属を各4人置く。中軍将軍揚州刺史晋煕王燮、司徒となる。戊申、行南兖州刺史蕭映、南兖州刺史となる。甲寅、太傅斉王に三望車を給う。己未、芮芮国、使者を遣わし方物を献ず。癸酉、武陵内史張澹、罪あり獄に下され死す。
  • 冬10月丁丑、寧朔将軍淮南宣城二郡太守蕭晃、豫州刺史となる。孫曇瓘、先に逃亡していたが己卯、捕えられ誅に伏す。壬寅、皇后謝氏を立て、死罪を一等減じ5歳刑以下はすべて赦す。12月壬子、故武昌太守劉琨の子頒を南豊県王に立てる。癸亥、臨澧侯劉晃、謀反。晃およびその党与、みな誅に伏す。甲子、南陽王翽を随郡王に改封し隨陽郡と改める。丙戌、皇后、太廟に見える。戊子、高麗国、使者を遣わし方物を献ず。

昇明三年(479年)

  • 春正月甲辰、江州刺史蕭嶷、鎮西将軍荆州刺史となる。尚書左僕射王延之、安南将軍江州刺史となる。安西長史蕭順之、郢州刺史となる。乙卯、太傅斉王、官物を負う質役者の免除を上表。辛亥、驍騎将軍王玄邈、梁南秦二州刺史となる。領軍将軍撫軍将軍斉王世子、尚書僕射を加えられ中軍大将軍開府儀同三司に進号。丙辰、太傅斉王に前部羽葆鼓吹を加える。丁巳、太傅府の旧に依る辟召を詔す。征西将軍雍州刺史張敬児、護軍将軍となる。新任給事黄門侍郎蕭諱、雍州刺史となる。
  • 2月丙子、安南将軍南豫州刺史邵陵王友、薨去。3月癸卯朔、日食。甲辰、太傅を崇め相国とし百揆を総べさせ、10郡を封じ斉公とし九錫の礼を備え璽紱・遠遊冠を加え、位は諸王の上、相国緑綟綬を加え、驃騎大将軍揚州牧南徐州刺史はそのまま。丙午、中軍大将軍諱(蕭賾)、南豫州刺史となる。斉公世子、相国緑綟綬を副貳する。庚戌、臨川王綽、謀反。綽およびその党与、みな誅に伏す。丁巳、斉国の初建に伴い銭500万・布5千匹・絹千匹を給う。
  • 夏4月壬申、斉公の爵を進めて斉王とし10郡を増封。甲戌、安西将軍武陵王賛、薨去。丙戌、斉王に冕十二旒、天子の旌旗を建て出警入蹕、金根車に乗り六馬を駕し五時副車を備え、旄頭・雲罕・八佾の舞・鐘簴宮懸を置くことを命じる。世子を太子に進め、王子・王女・王孫の爵命の号は旧儀に依る。辛卯、天禄永く終わり位を斉に禅る。壬辰、帝は東邸に遜位し、やがて丹陽宮に遷居。斉王が践阼し帝を汝陰王に封じ、臣下ならざる礼をもって遇し、宋の正朔を行い、上書には表とせず答表も詔としない。
  • 建元元年(479年)5月己未、丹陽宮で崩ず。時に13歳。諡して順帝という。6月乙酉、遂寧陵に葬る。

史論

史臣曰く、聖王が天命を受けるのは、乱を承け衰微を継ぐのでなければ、天暦は至らないものである。三皇五帝以来、天命を受けた主はみな乱亡の極みに乗じてこそ、天が推す運に応じたのであり、水徳(五行相生説による王朝交代)の移り変わりはその由来久しいものである。何もひとり汝陰(順帝)の禅譲だけがその例外ではないのである。