春秋左傳事類始末竹刑(鄭の刑書を改めて私に憲法を造り竹簡に書く。故に竹刑と名づく)(竹刑)

魯定公九年(前501年)、鄭の駟歂が鄧析を殺しながらも、鄧析が竹簡に記した私製の憲法「竹刑」はそのまま用い続けたことを述べる1件のみの記事。史論はない。

年表(1件)
  • 篇目の注記に「鄧析が鄭の刑書を改変して私に憲法を作り、竹簡に記したことから『竹刑』と呼ばれる」とある。

魯定公九年(前501年)

  • 鄭の駟歂(子然)は鄧析を殺したが、その定めた竹刑(竹簡に記した法)はそのまま用いた。