春秋左傳事類始末日、之を食する有り(日有食之)

日食の兆しを梓慎は水害、昭子は旱魃と読み合った1年の出来事。

年表(1件)

魯昭公二十四年(前518年)

  • 夏五月乙未朔、日食があった。梓慎は「これから水害が起こるだろう」と述べ、昭子は「いや、旱魃だろう。日食が春分を過ぎてもなお陽気が陰気に打ち勝てないのは、陽気が非常に弱っている証であり、これでは旱魃を免れまい」と反論した。陽気が陰気に打ち勝てないことは、雨雲が積もり集まる兆しでもあると付け加えた。