春秋左傳事類始末衛、霊公を立てる(衞立靈公)
衛の孔成子が夢と占いにより、足の不自由な孟縶に代え、婤姶の生んだ元(のちの霊公)を立てるべきと史朝とともに判断し、元を衛の君主に立てた経緯。
年表(1件)
- 魯昭公七年前535年孔成子・史朝が夢と占いにより元を立てて衛の霊公とする
魯昭公七年(前535年)
- 衛の襄公夫人姜氏には子がなく、寵妾の婤姶が孟縶を生んだが、その足は不自由で歩行に難があった。
- 家老の孔成子は夢の中で衛の始祖康叔から「元(のちの霊公)を立てよ。羈の孫の圉と史苟を補佐とせよ」と告げられた。同じ頃、史朝も同様の夢を見ており、両者は夢を照らし合わせて一致を確認した。
- ちょうど晋の韓宣子が諸侯を歴訪していた年、婤姶は男子を生み「元」と名付けた。孔成子は周易で占い、元については屯卦を、縶については屯之比の卦を得た。
- 史朝は占いの結果を「元亨」として吉とし、康叔の夢と占いが一致すること、また孟縶は足の不自由により宗廟の祭祀を主宰する資格に欠けることを理由に、元(霊公)を立てるべきだと説いた。
- 孔成子はこれに従い、元を立てて衛の霊公とした。