春秋左傳事類始末宋の子罕、築台者の謳を止める(宋子罕止築臺者之謳)

宋の大宰皇国父が農繁期に高台の築造を強行し、人夫たちが皇国父を怨む歌を歌った。子罕は自ら工事を巡回して民を諭し歌をやめさせ、呪いと祝いの歌が並び立つことを国の禍の兆しとして戒めた。

年表(1件)

魯襄公十七年(前556年)

  • 宋の皇国父が大宰として、平公のために高台を築こうとした。農繁期にあたるため、子罕は農作業が終わるまで待つよう求めたが、皇国父は聞き入れなかった。
  • 築台の人夫たちは「沢門の色白男(皇国父)が我らを使役し、邑中の色黒男(子罕)が我らを慰めてくれる」と歌って皇国父を怨んだ。
  • 子罕はこれを聞き、自ら鞭を執って工事を巡回し、怠ける者を打って「我ら小人にも雨露寒暑を避ける家がある。君主が一つの台を築くのにこれほど時をかけずに済むのに、なぜ役目を怠るのか」と諭したところ、歌う者は止んだ。
  • ある人がその理由を問うと、子罕は「宋国のような小国で、人を呪う歌と祝う歌が並び立つのは禍の元だ」と答えた。