春秋左傳事類始末呉子寿夢、卒す(吴子壽夢卒)

呉子・寿夢が没し、魯が姫姓諸国として周廟で哭礼を行ったことを、諸侯の喪礼における姓・宗による哭礼の場の定めに照らして礼にかなうと評した短い一話。

年表(1件)

魯襄公十二年(前561年)

  • 呉子・寿夢が没し、周廟(文王廟)で哭礼が行われた。これは礼にかなうものであった。
  • 諸侯の喪礼では、異姓の国は城外で哭し、同姓(周王室と同じ出自)の国は宗廟で哭し、同族(始祖を同じくする者)は祖廟で哭し、同宗(父を同じくする者)は禰廟で哭する定めがある。魯は姫姓諸国のため周廟で哭し、邢・凡・蔣・茅・胙・祭など姫姓の小国は周公廟で哭した。