春秋左傳事類始末霊王、后を斉に求める(靈王求后于齊)

周の霊王が斉に王后を求め、晏桓子の助言により斉侯が応じたことから、劉定公による斉侯への策命を経て、単靖公が官吏を率いて斉に王后を迎えに赴くまでの3年間の経緯。

年表(3件)

魯襄公十二年(前561年)

  • 周の霊王が斉に王后を求めた。斉侯は晏桓子に対応の作法を尋ね、桓子は「先王の礼では、天子が諸侯に王后を求めた場合、諸侯は『我が夫婦の子・某』、娘がいなければ姉妹や叔母の娘を挙げて『先君某公の遺女・某』と答える」と答えた。斉侯はこれを許し、王は隰里を遣わして縁組をまとめさせた。

魯襄公十四年(前559年)

  • 王は劉定公を遣わして斉侯に命を賜い、「かつて伯舅・太公は先王を助け、周室の股肱として万民を保護し、代々大師の位を世襲して東海を鎮めてきた。王室の安泰はひとえに伯舅に頼っている。今、汝に命じる、先祖の典範を継ぎ、祖考の名を辱めることなく、常に敬んで我が命を廃することのないように」と告げた。

魯襄公十五年(前558年)

  • 官吏たちが単靖公に従い、斉に王后を迎えに赴いた。