春秋左傳事類始末王叔陳生、伯輿と政を争う(王叔陳生與伯輿爭政)

周の王叔陳生と伯輿が王室の政をめぐり争い、晋の士匄が調停に赴いて双方に契約書を照合させたところ王叔氏が提示できず、王叔は晋へ出奔し単靖公が卿士となった逸話。

年表(1件)

魯襄公十年(前563年)

  • 王叔陳生と伯輿が王室の政をめぐり争った。王は伯輿を支持したため、陳生は怒って出奔した。晋侯は士匄を遣わして調停させ、王叔・伯輿双方が訴訟に及んだ。王叔の家宰と伯輿の大夫・瑕禽が王庭で争い、士匄がこれを裁いた。
  • 王叔の家宰は「貧しい家の出でありながら上を凌ぐとは、上に立つ資格がない」と伯輿側を非難した。瑕禽は反論し、周が東遷した際に従った七氏族の忠節を挙げ、自分たちは貧しくとも忠実であり、それに対して王叔は賄賂で政を動かし、寵臣に刑罰を歪めさせ、官吏は富み栄えているのに自分たちが貧しくいられようかと訴えた。
  • 士匄(范宣子)は「天子が支持する者は我が君も支持し、支持しない者は我が君も支持しない」として、王叔氏と伯輿に契約書を照合させたところ、王叔氏はその契約書を提示できず、王叔は晋へ出奔した。単靖公が卿士となって王室を補佐した。