春秋左傳事類始末晋人、陽処父の盟を改める(晉人改陽處父之盟)
魯公の不朝を咎めた晋が陽処父に盟いをさせて魯公を辱めたが、翌年非礼を恐れて改めて晋侯自ら盟い直し、宴を開いて詩を賦し合い礼を尽くした逸話。
文公二年
- 晋人は魯公が朝見しなかったことを咎めて来た。公は晋へ赴いたが、晋人は陽処父に盟いを行わせた。これは魯公を辱めるものであった。
文公三年
- 晋人は魯公への非礼を恐れ、改めて盟いを行うことを求めた。公は再び晋へ赴き、晋侯と盟った。晋侯は宴を開いて公をもてなし、『菁菁者莪』の詩(君子に会えて楽しく礼儀正しいとの意)を賦した。
- 荘叔は公に代わって堂を降りて拝礼し、「小国は大国の命を受ける身、どうして礼儀を慎まずにいられましょうか。君がこれほどの厚い礼をくださること以上の喜びはございません。これは小国の喜びであり、また大国の恵みでもあります」と述べた。晋侯も堂を降りて辞退し、共に堂に登って拝礼を終えた。公は答礼として『嘉楽』の詩を賦した。