春秋左傳事類始末晋、桓叔・荘伯の一族を除く(晉去桓莊之族)

晋の献公が桓叔・荘伯の一族に圧迫され、士蒍の献策で富子・游氏の一族を段階的に排除し、最後は聚に集めて皆殺しにするまでの経緯。莊公二十三年から二十五年(前671〜前669年)。

年表(3件)

莊公二十三年(前671年)

  • 晋の桓叔・荘伯の一族が献公を圧迫し、公はこれを憂えた。士蒍は「富子を除けば他の公子たちは謀りやすくなる」と献策し、公の許可を得て富子を讒言により排除した。

莊公二十四年(前670年)

  • 士蒍は再び公子たちと謀り、游氏の二子を殺害させた。士蒍は献公に「これでよい、二年を経ずして君に憂いはなくなる」と告げた。

莊公二十五年(前669年)

  • 士蒍は公子たちに游氏の一族を皆殺しにさせ、聚に城を築いてそこに住まわせた。冬、献公は聚を包囲し、公子たちを皆殺しにした。