樵史通俗演義第三十八回 偽皇后、獄中に禁死し、真将軍、江上に師を興す (假皇后禁死獄中 真將軍興師江上)
童氏、獄中で死す
- 弘光帝は自ら偏安の身でありながら南宋高宗の故事に倣うつもりでいたが、実は馬士英の能力を見誤っていた。童氏との過去の情愛を密かに認めて宮中に迎え入れることもできたはずが、そうせず獄に沈めたままにした。
- 童氏は獄中で、弘光帝との過去の馴れ初めから同棲の日々までを事細かに書き記し、掌堂の馮可宗を通じて弘光帝への訴えを託した。
- 馮可宗が改めて事情を尋ねると、童氏は自身が周王府の妃嬪であったこと、乱を逃れる途中で世子時代の弘光帝と出会い契りを結んだこと、太妃との再会、子を産んで間もなく失ったこと、その後の離散の経緯を涙ながらに語った。「弘光は太妃だけを宮中に迎え、自分を認めようとしない」と訴えた。
- 弘光帝はこの書状を一瞥するや「妖婦など知らぬ」と地に投げ捨て、厳しく詮議するよう命じた。馮可宗はそれ以上取り次げなかった。
- その後、童氏の待遇はさらに悪化し、新たな淑女が宮中に入るとの知らせに童氏は絶望して病に伏した。折しも狂人が宮中に乱入する事件が続き、獄卒たちは恐れて食事を運ばなくなり、童氏はついに獄中で餓死した。
左良玉ら、馬士英・阮大鋮弾劾の連名上奏
- 湖広の文武官らは、馬士英が私利を貪り阮大鋮を重用して東林一派を根絶やしにしようとしていること、太子・皇后の両事件が奸臣による冤獄であることに憤った。
- 左良玉は何騰蛟・黄澍ら二十七名と連名で、馬士英を弾劾する上奏文を提出した。要旨は次の通り。
- 逆案を翻し『要典』を復活させるなど先帝の遺志に背いた。
- 官爵を売買し、罪人を厚遇する一方で忠良を陥れた。
- 兵権を独占し、阮大鋮を重用して私兵化を進めた。
- 皇后選定を私物化し、後宮に不正な関与をした。
- 阮大鋮と結託して雷縯祚・周鑣ら多数の忠臣を陥れた。
- 皇城内に私兵を潜ませ帝の動静を監視させている。
- 太子を偽物と決めつけ幽閉している。
- 左良玉は上奏と同時に挙兵し、子の左夢庚を先鋒として漢口に布陣させ、聖旨を待った。
馬士英・阮大鋮の狼狽
- 阮大鋮は左良玉挙兵の報に動転し、愛妾らを先に南京へ避難させる一方、馬士英に黄得功・方国安を彩石付近に配して左軍の東下を阻むよう要請した。
- 馬士英は光時亨・周鍾・武愫を処刑し、雷縯祚・周鑣にも自尽を命じるなど阮大鋮の意を受けて反対派を粛清する一方、辺境防備はおろそかにしたまま左良玉への対応に終始した。
- 梁雲構は劉沢清・黄得功を京へ召還し天子を守るよう求め、馬士英は黄得功を大元帥、方国安を副元帥に任じて左良玉の東下を阻む布告を出した。楊維垣は人心安定のため急いで淑女を入宮させるよう進言し、四月十四日、三名の淑女が正式に紫禁城へ入った。
- 馬士英は昼夜を問わず算段を巡らし、鋳造した元宝を屋敷奥に運び込ませ、総兵の子を厚遇して自らの守りを固めさせた。