樵史通俗演義第二回 諸臣、辺事を争い、両奸は党を結び乾綱を乱す (諸臣聚訟因邊事 兩奸招黨亂乾綱)
熊廷弼の再登板
- 天啓即位当初は朝廷に善人が多かったが、議論ばかりで実行が伴わなかった。魏忠賢と客氏が結託し、味方には恩賞、逆らう者には処罰で臨むようになる。
- 遼東敗戦の責任を問われ馮三元・張修徳・魏応嘉らが降格、姚宗文は罷免。内閣・六部・九卿の合議により熊廷弼が兵部尚書・遼東経略に再登用される。
- 熊廷弼は着任早々、兵糧・武器の窮状と募兵の困難を訴える上奏を行うが「該部知道」で流される。少詹事徐光啓も堅壁清野と火器整備を説く上奏を行うが同様に黙殺される。
毛文龍の鎮江偽功
- 遼陽秀才の王一寧は朝鮮に渡り援軍を求め、翰林劉鴻訓に評価されて島嶼の遼民招撫を任される。
- 巡撫王化貞配下の毛文龍は、実力不相応の大言で兵二百を得て出海。実際は鎮江城奪取の功を、陳良策の内応と王一寧の仲介によって得たにすぎないのに、王化貞はこれを大戦果として報告。魏忠賢と兵部尚書張鶴鳴の後押しで毛文龍は参将に任じられる。
- しかし東軍の反攻で鎮江城は焼き払われ、毛文龍は朝鮮に逃走。熊廷弼は毛文龍の無能と王化貞との不和を訴える上奏を行うが、聞き入れられない。
経略・巡撫の不和と朝議
- 熊廷弼は守り、王化貞は戦いを主張し対立。御史江秉謙は両者の不和の根が経略・巡撫それぞれを支持する派閥争いにあると指摘する上奏を行う。
- 閣老葉向高は熊廷弼への一本化を主張するが実現せず。魏忠賢は自分の腹心を得ようと画策する。
- 給事中の侯震暘が客氏の宮中出入りを批判する上奏を行うが、魏忠賢は客氏と相談のうえ、この上奏を握りつぶす。
広寧陥落と熊廷弼・王化貞の断罪
- 王化貞は腹心の孫得功に裏切られ広寧城を失う。熊廷弼と合流するが、熊廷弼は「今さら遅い」と述べ、共に住民を率いて関内へ退却する。
- 広寧陥落の責任を問う上奏が相次ぐが、魏忠賢は客氏への意趣返しとして侯震暘や江秉謙らを降格・左遷させる。
- 王化貞・熊廷弼はともに拿問され、刑部尚書王紀・都察院鄒元標らの会審の末、二人とも死罪と裁定され刑部の獄に投じられる。
- 毛文龍は張鶴鳴・魏忠賢へ多額の賄賂を贈って副総兵に昇進。清廉な礼部尚書孫慎行は病を理由に辞職。貴州の安氏一族の反乱、山東白蓮教の蜂起も重なり、朝政は乱れる。