蜀鑑高季昌、蜀を攻める(髙季昌攻蜀)
荊南の高季昌が、夔・万・忠・涪の四州はもと荊南の属地だとして蜀に兵を向けた一件。水軍で夔州を攻めたが、刺史の王成先が迎え撃ち、招討副使の張武が鉄の綱を張って火船を阻んだ。折から風向きが変わって荊南の兵は焼死・溺死し、高季昌の戦艦も飛石で艦尾を折られて小舟で逃げた。捕らえ斬られた者は五千に及ぶ一戦の記事。
年表(1件)
- 蜀王
- 建永平四年914年高季昌が夔州を攻めるが、張武の鉄綱と逆風に阻まれ大敗する
蜀王建永平四年(914年)
- 荊南の高季昌が夔州を攻めたが落とせなかった。高季昌は、蜀の夔・万・忠・涪の四州がもと荊南に属していたとして、兵を起こして取ろうとした。
- まず水軍で夔州を攻め、刺史の王成先が迎え撃った。高季昌は火船を放って蜀の浮橋を焼こうとしたが、招討副使の張武が鉄の綱を張り上げて阻んだので船は進めなかった。
- そこへ風向きが変わり、荊南の兵は焼け死に溺れ死ぬ者が非常に多かった。高季昌は牛革で覆った戦艦に乗っていたが、飛石が当たって艦尾が折れ、小舟に乗り換えて逃げた。荊南の兵は大敗し、捕らえ斬られた者は五千に及んだ。