蜀鑑李雄、成都に入る(李雄入成都)

太安二年(303年)、李特の子李雄が郫城を奪ってから成都に入るまでの一年の動き。李雄は汶山太守陳圖を討って郫城を取り、李流の死後は自ら益州牧と称してここを治所とした。羅尚の郫城攻めを退けたうえ、李驤が犍為を落として輸送路を断ち、太守襲恢を殺す。糧道を絶たれた羅尚は牛鞞から水路を東へ下って逃れ、李雄が成都に入った。

年表(1件)
  • 太安二年303年李雄が郫城に拠って益州牧を称し、羅尚を逐って成都に入る

太安二年(303年)

  • 李雄が汶山太守の陳圖を攻め殺し、郫城を奪った。李流は駐屯地を郫へ移した。
  • 李流が死ぬと、李雄は自ら益州牧と称し、郫城を治所とした。
  • 羅尚が郫城を襲ったが落とせず、退いて大城に拠った。
  • 李驤が犍為を攻めて羅尚の輸送路を断ち、太守の襲恢を捕らえて殺した。
  • 李雄が羅尚を攻めると、羅尚は牛鞞の水路を東へ下って逃れ、李雄が成都に入った。