蜀鑑羅尚、李雄に抗する(羅尚抗李雄)
永興元年(304年)、成都を追われた羅尚が江陽に拠って李雄に対抗する態勢を整えた顛末。上表により巴東・巴郡・延陵の暫定統轄を認められ、軍費の財源を確保した。荆州の劉弘に糧食を求めると、属官は輸送の遠さと荆州の窮乏を理由に零陵の米五千斛だけを渡そうとした。劉弘は天下一家を説いて援助を決め、さらに何松を巴東に駐屯させて羅尚の後詰とした。
年表(1件)
- 永興元年304年江陽に拠った羅尚が三郡の統轄を許され、劉弘の糧食援助を得る
永興元年(304年)
- 羅尚が江陽に到着した。
- 羅尚が使者を遣って状況を上表すると、詔により巴東・巴郡・延陵を暫定的に統轄して軍費に充てることが認められた。
- 羅尚は別駕の李興を荆州の劉弘のもとへ遣り、糧食を求めた。劉弘の属官たちは、輸送路が遠く隔たっており荆州自体も窮乏していることを理由に、零陵の米五千斛だけを与えようとした。
- 劉弘は「天下は一家であり彼我の別はない。今これを与えれば西方の憂いがなくなる」と述べて援助を決めた。
- さらに治中の何松を巴東に駐屯させ、羅尚の後詰とした。