新唐書卷二百 列傳第一百二十五 韋彤
太廟供饌と昭陵論争
- 京兆の人、四世祖の韋方質は武后朝の宰相。徳宗朝の太常博士。
- 天宝以来、太廟に朔望ごとに供物を進める慣例が加わっていたことについて、博士裴堪とともに、宗廟には本来朔望祭がなく、天宝の追加は礼を乱すものと論じたが、徳宗は先帝の裁定として廃止しなかった。
- 昭陵寝宮が火災に遭った際、吏部員外郎楊於陵は行宮を寝殿とすることを提案したが、韋彤は柏城内の旧地に再建すべきと主張し、旧地への復旧が採られた。
- 韋彤の没後、武宗会昌五年の私廟建立禁令の議論でも韋彤の旧説が引用された。