新唐書卷二百 列傳第一百二十五 啖助

春秋学の刷新

  • 啖助、字は叔佐、趙州の人。『公羊』『穀梁』『左氏』三伝の長短を考証し、十年をかけて『集伝』を完成、要旨を『例統』にまとめた。孔子の『春秋』撰述意図について、夏商周の政治理念の変遷(忠・敬・文)を論じる独自の史論を展開し、左氏は孔子と同時代ではなく後代の伝著であると主張した。門人の趙匡・陸質がその学を継承し、『纂例』を編纂した。

施士匄

  • 呉郡の人、左氏春秋にも通じ、四門助教から博士として十九年にわたり『詩』『春秋』を教授した。後に文宗が士匄の『春秋』評を尋ねた際「穿鑿の学」と評した逸話も伝わる。

仲子陵

  • 蜀の人、峨眉山に住し好古の学。太廟の昭穆位(献祖・懿祖の扱い)論で活躍し、司門員外郎で没した。

史論

  • 『春秋』等の経典は孔子門下から漢代まで師弟相伝で絶えず伝わり、左氏・公羊・穀梁の三家は多少の齟齬があっても聖人の教えに基づくとされる。啖助は既存三家説を排し、独自の解釈を「孔子の意」と称したが、それは断定にすぎず、後進が穿鑿・詭弁に走る風潮を助が開いたと批判する。