新唐書卷一百九十六 列傳第一百二十一 秦系

秦系

  • 秦系は□(底本欠字)――底本のこの人物は、乱を避けて□に隠れ、北都留守が右衛率府倉曹参軍に奏挙したが就かなかった。□に寓居し、俗伝によれば□の時に植えられたという大松百余本があり、秦系はその上に廬を結び、石を穴って硯とし《老子》に注を付し年を経ても出なかった。刺史がしばしば訪ね歳時に羊や酒を届けたが、秦系自身は城門まで来ることはなかった。姜公輔が左遷された際は秦系に会うと日が暮れるまで立ち去れず、居を近くに構えて流落の苦しみを忘れたという。秦系の没後、妻子が遠方にいたため秦系自身が山下に葬った話も伝わる(原文の主語関係は底本の欠落により判然としない)。招致できないことを知った朝廷は校書郎の加官のみを与えた。
  • 秦系は□(底本欠字、恐らく劉長卿)と親交があり詩を贈答した。相手が自ら「五言長城」(五言詩の第一人者)と称したのに対し、秦系は「偏師(一部の兵力)で攻めても、老いてなお盛んだ」と評されたという。のち東へ渡り八十余歳で没した。人々はこれを慕って亭に祠を建て、その山を□(底本欠字)と号した。
  • 脚注: この段は底本において固有名詞(字・出身地・年号・地名・交遊者名など)の多くが欠落しており、推定で補わずに空白のまま訳出した。