新唐書卷一百九十六 列傳第一百二十一 潘師正

潘師正

  • 潘師正は貝州宗城の人。幼くして母を喪い廬墓の孝で知られた。王遠知に師事して道士となりその術を得、逍遙谷に隠棲した。高宗が東都に行幸した際、何が必要かと問われ「松と清泉があれば十分」と答え、帝はその廬に「崇唐観」の号を授けた。奉天宮造営の際、逍遙谷への門にそれぞれ「仙遊」「尋真」の名を与えた。太常が新曲を献じた際、帝は「祈仙」「望仙」「翹仙曲」と改名させた。享年九十八で没し太中大夫・「体玄先生」の諡を追贈された。
  • また嵩山で潘師正と共に暮らした劉道合という道士があり、帝は隠棲の地に太一観を建てさせて住まわせた。泰山封禅の折、雨が止まぬため劉道合に禳祝させると晴れ、以後泰山への祈祓に先行させた。賜り物はすべて貧者に施し蓄えを持たなかった。咸亨中、帝のために丹薬を作り、完成と同時に没した。帝が営宮のために墓を移した際、棺を開くと蝉の抜け殻のような骸を見て「わたしのために丹を合わせながら自ら服して去ったのか」と嘆いたが、遺された丹に異常はなかった。