新唐書卷一百六十二 列傳第八十七 許孟容
許孟容
- 許孟容、字は公範。京兆長安の人。張建封の使者として李納を説得し兵を収めさせた。公主の子の崇文生への不当な補任を拒み、京兆の不正報告への宦官による調査に反対して御史を代用すべきと主張した。浙東観察使裴粛の不正な後任人事を糾した。
- 貞元19年(803年)の旱魃に際し、戸部の緩急資金の流用や流刑者の恩赦を建言した。神策軍将校の貸金不払いに厳しく対処し「期限を守らねば死」と迫って軍を震え上がらせた逸話がある。武元衡暗殺の際は裴度の登用を進言した。76歳で没し、太子少保・諡憲を贈られた。
孟容弟 季同
- 許季同は劉辟の反乱時に妻子を棄てて帰順し、監察御史となった。李絳との縁座を疑われ左遷されたが、絳の弁護で誤解が解けた。宣歙観察使で終わった。