新唐書卷一百六十 列傳第八十五 呂渭
呂渭
- 呂渭、字は君載。河中の人。李涵の下で支使、判官を務め、涵の父の名を避けるべきとの建言で崔祐甫に評価されたが、逆に涵への阿諛を疑われ歙州司馬に貶された。
- 貞元中、礼部侍郎として枯死した柳が復活した「瑞柳」を貢士に賦させたことが不評を買い、裴延齡との縁組で子を昇進させた件も批判され潭州刺史に出された。4子(温・恭・儉・讓)を残した。
渭子 温
- 呂温、字は和叔(一字化光)。陸質に『春秋』を学び梁肅に文章を学んだ。王叔文と親しく、順宗即位で吐蕃使節として出立中に虜に留め置かれ、元和元年(806年)に帰還した。叔文党の失脚を免れたが、竇群・羊士諤らと結んで宰相李吉甫の失脚を謀った陰謀が露見し、均州刺史に貶された。衡州で治績を挙げ40歳で没した。
渭子 恭・儉・讓
- 呂恭、字は恭叔。縦横・孫呉の術を好み、嶺南府判官で終わった。呂儉も御史となった。呂讓は太子右庶子。いずれも美材とされた。