新唐書卷一百六十 列傳第八十五 徐浩

徐浩

  • 徐浩、字は季海。越州の人。明経に及第し文才で知られた。張説に才を認められ集賢校理に推挙され、『喜雨賦』『五色鴿賦』を賞された。幽州張守珪の幕府、河陽令を経て東都留守王倕に登用され、符命偽造事件を独力で見抜いた。嶺南選補使、東都選も担当した。
  • 粛宗即位後、中書舎人として四方の詔令の多くを起草、書法にも優れ寵愛を得た。有司の断獄を宰相府経由にする慣行を旧に復すよう建言し実現させた。国子祭酒に進むが李輔国の讒言で廬州長史に貶された。
  • 代宗の代、中書舍人に復し工部侍郎・嶺南節度使、吏部侍郎を歴任したが、妾の弟の不正な選任が発覚し明州別駕に左遷された。徳宗初年、彭王傅・郡公となり80歳で没し、太子少師・諡定を贈られた。父徐嶠之の書法を継承し草隷に優れ、「怒猊抉石、渇驥奔泉」と評された。晩年は財欲と寵妾への惑溺で名を落とした。