陽惠元
- 陽惠元、平州の人。勇猛で知られ平盧軍に仕え、田神功・李忠臣に従い海路で青州に入った。神策に属し京西兵馬使として奉天を鎮した。
- 徳宗初年、李正己・田悦の跋扈に対して東征軍が編成された際、望春楼での誓師で酒が振る舞われても神策軍だけが飲まなかった。理由を問われた惠元は「奉天出発時、帥の張巨済と『功を立てるまで酒を飲まない』と約したため」と答え、帝は感嘆した。御河の戦いで三橋を奪う功を立てた。
- 硃泚の乱で駆け付け奉天の囲みを解いた後、李晟・李建徽・李懐光と便橋で連営したが、李晟が懐光の裏切りを察して東渭橋に移った際、翰林学士陸贄が惠元らも合流させるよう進言したが容れられなかった。懐光は惠元・建徽の軍を奪い、惠元は好畤で追撃され、髪を振り乱し血を流しながら戦って戦死した。二子晟・暠も井戸に隠れたが殺害され、建徽のみ免れた。尚書左僕射を贈られた。
- 末子の陽旻は八創を負って別の井戸に落ち救われた。潞軍の帰属を巡り、盧従史の旧部下五千を城内に入れず穏便に処理し、憲宗に評価された。呉元済討伐、容州西原蛮平定でも功を立てた。