新唐書卷一百五十六 列傳第八十一 戴休顔
戴休顔 弟 戴休璿・戴休晏
- 戴休顔、字は休顔。夏州の人で武を尊ぶ家系。郭子儀に用いられ党項羌を鎮撫し、試太常卿・済陰郡公・咸寧郡王、朔方節度副使を兼ねた。邠州築城の功で鹽州刺史に進む。朱泚の乱では兵三千を率いて昼夜駆け付け、実封200戸を賜った。渾瑊・杜希全・韓遊瑰らと防衛にあたり、奉天留守を務めた。李懐光が咸陽に屯して誘いをかけると、休顔は使者を斬って自守した。検校工部尚書・奉天行営節度使に進み、渾瑊と合流して硃泚の別働隊を破り首級3千を得た。京師平定後は瑊と共に岐陽で残党を追撃し、検校尚書右僕射・食封400戸に進んだ。左龍武軍統軍で没し、揚州大都督を贈られた。
- 弟の休璿は開府儀同三司・東陽郡王、休晏は輔国大将軍・彭城郡公に至り、いずれも将略で知られた。