新唐書卷一百四十七 列傳第七十二 馮河清

生涯

  • 馮河清は京兆の人、郭子儀の軍に属し戦功で左衛大将軍。涇原節度使馬璘の下で兵馬使として吐蕃と戦い名を上げた。
  • 建中の変で節度使姚令言が関東討伐に出た際、留後を務め、徳宗の奉天出奔の急報を受けて諸将と東を向いて哭し忠誠を誓い、武具を行在に献上して士気を高めた。涇原節度使・安定郡王。朱泚の離間工作を斬って拒んだ。
  • 興元元年(784年)、渾瑊の吐蕃兵による韓旻ら討伐の誤報から涇州の兵が動揺、田希鑒に殺害された。京師平定後、尚書左僕射追贈。同僚の姚況は挺身して郷里に帰り、その後貧困のうちに餓死、太子少傅を追贈された。