新唐書卷一百四十七 列傳第七十二 李芃

生涯

  • 李芃は字を茂初といい、趙州の人。上邽主簿から嚴武の推挙で長安尉。江西観察使李勉の判官として、宣饒の賊方清・陳莊の乱に対し秋浦への州設置を献策、池州刺史代理を務めた。李勉の永平節度従軍、亳州防禦使を歴任。
  • 徳宗代、河陽三城鎮遏使として厳格な備えと士への配慮で治績を上げた。節度使として東畿の五県を管轄下に置き、馬燧らと田悦を破り兵部尚書検校を得た。興元初、尚書右僕射検校。老病を理由に「徳を以て敝を救うべき」と辞職を願い、東都に帰り64歳で死去、太子太保追贈。