新唐書卷一百四十七 列傳第七十二 辛雲京
生涯
- 辛雲京は蘭州金城の人、京兆に籍を移した将家の出。決断力に富み戦功を重ね特進・太常卿。史思明の相州屯営を襲撃し開府儀同三司、代州都督・鎮北兵馬使。
- 太原の軍乱の後、鄧景山の統率の失敗を教訓に沈毅な人柄を評価され太原尹・金城郡王。厳格な信賞必罰で軍を治め、回紇の横暴に対しても戎狄として毅然と対応、太原を大いに治めた。検校尚書右僕射・同中書門下平章事。大暦3年(768年)検校左僕射。死去、55歳、代宗は落涙して太尉を追贈、諡は忠献。郭子儀・元載も彼を語る際には涙したという。
- 従弟の辛京杲は信安王李禕の下で頭角を現し、李光弼に従い戦功を重ね「黥布・彭越・関羽・張飛の類」と称された。鴻臚卿・英武軍使、粛国公、晋昌郡王を経て湖南観察使、工部尚書で致仕、朱泚の乱で従軍できず憤死、太子少保追贈。
- 弟の辛旻も李光弼に従い恒・趙平定、太原三城使として史思明軍を撃退、河陽守備の任で没した。