新唐書卷一百三十 列傳第五十五 李尚隱
三度御史台を率いた清官
- 李尚隱、趙郡の出、万年に貫を移す。明経科及第、下邽主簿として州刺史姚珽に才を評価される。神龍中、左台監察御史として崔湜・鄭愔の吏部選考の不正を懐讓と共に弾劾。睦州刺史馮昭泰の冤獄を自ら赴いて雪いだ。
- 崔湜・鄭愔が復権すると伊闕令に左遷されるが、二人が誅されると玄宗に評価され吏部員外郎に。将作少監として橋陵造営、御史中丞として御史王旭の権力乱用を糾弾。蒲州刺史として妖言を弾劾。河南尹として太子の舅の横暴を処罰。
- 御史大夫として司農卿陳思問の巨額の不正を摘発。太子詹事・戸部尚書、揚州・益州長史、東都留守を歴任。開元28年、太子賓客で没、享年75、謚貞。三度御史府に入り悪吏を糾し、素行に瑕疵なく循吏として終始した。