新唐書卷一百二十八 列傳第五十三 王誌愔

厳正な法治論者

  • 王誌愔、博州聊城の人。進士及第。神龍中、左台侍御史として厳格な取締りで「皂雕」と畏怖された。大理正として『応正論』を著し法治の重要性と刑賞は君主の権限であることを説いた(魏の游肇の故事、漢武帝が甥を法により処刑した故事、隋文帝が子秦王俊を法により処罰した故事などを引用)。
  • 景雲初、大理少卿として斉州都督、のち斉州刺史・河南道按察使、汴州刺史(北海県男)。開元9年、東都留守中に権梁山の反乱に遭い、屯営兵が寝返って自害を免れたが憂憤のうちに没した。