新唐書卷一百十四 列傳第三十九 蘇味道

「摸稜手」の宰相

  • 趙州欒城の人。9歳で文才を示し李嶠と「蘇李」と併称された。裴行儉に才を認められ、突厥討伐の書記を務めた。
  • 延載中、鳳閣舎人検校侍郎・同鳳閣鸞台平章事。証聖元(695年)年、張錫と共に獄に下るが、動じない張錫と対照的に狼狽ぶりを見せ、武后に「集州刺史に留める」と評された(張錫は嶺南に流された)。
  • 「決事不欲明白(物事は白黒つけない方がよい)、摸稜持両端可也(両端を持って摸稜すればよい)」と語ったことから「摸稜手」と渾名された。葬儀での越権行為(郷人の墓田を侵す)で坊州刺史に左遷、張易之の党与として眉州刺史に左遷され、58歳で没した。冀州刺史を贈られた。弟味元との友愛の逸話も伝わる。