新唐書卷一百十四 列傳第三十九 豆盧欽望
則天朝・中宗朝の長期宰相
- 雍州万年の人。祖寛は隋文帝の外孫で、高祖から「盧」姓を用いるよう改姓を命じられた(後に旧姓に復した)。
- 欽望自身は司賓卿から長寿二(693年)年、内史・芮国公。李昭德の獄に連座して趙州刺史に左遷されるが復権を重ね、文昌右相・同鳳閣鸞台三品、中宗復位後に尚書左僕射・平章軍国重事。
- 十余年宰相の座にあったが、張易之・武三思らの専横を制御できず、ひたすら自己保身に努めた。80歳で没し司空・并州大都督・諡元を贈られ乾陵に陪葬。
附 史務滋
- 史務滋は宣州溧陽の人。納言に至るが劉行実兄弟の獄で来俊臣に讒言され自殺した。
附 崔元綜
- 崔元綜は鄭州新鄭の人。鸞台侍郎同鳳閣鸞台平章事として苛酷な獄治で人に畏鄙されたが、後に振州流罪を経て蒲州刺史で致仕、90余歳で没した。
附 周允元
- 周允元は豫州安城の人。検校鳳閣侍郎同鳳閣鸞台平章事。武后の宴で「君を堯・舜に及ばぬことを恥とする」と直言し武三思に弾劾されるが武后に擁護され、没後に貝州刺史を贈られた。