新唐書卷一百十一 列傳第三十六 王晙

洮河の戦いと突厥降人策

  • 滄州景城の人。渭南令から桂州都督として羅郛築城・屯田開発で財政を再建。劉幽求を匿った義侠の逸話も伝わる。
  • 開元二(714年)年、吐蕃十万の侵攻を大来谷で奇襲により撃破(伏兵に「前は寇なり」と叫ばせ敵を混乱させる計略)、薛訥と連携して洮水まで追撃した。
  • 突厥降人(默啜死後に河曲へ移された部族)の内地移住策を上疏し、三策(内地移住が上策、辺境混住が下策、塞外放置が無策)を提示。虜の反乱後は自ら并州兵を率い雪中の行軍で討伐し鎮定した。
  • 蘭池胡康待賓の乱を郭知運と共に平定するが功を争って再叛を招き梓州刺史に左遷。後に吏部尚書・太原尹・兵部尚書同中書門下三品・朔方軍節度大使を歴任。魏元忠の冤罪を張易之・昌宗に抗して弁護した気骨が伝わる。没後、贈尚書左丞相・諡忠烈。

史評

史論

  • 贊に曰く、唐が異民族を威服させ版図を広げ得たのは、勇猛な将(虎臣)が牙爪となったからである。数千万里を遠征し異域を平らげたのは、まさに適材適所であったと言える。宰相の任は徳ある者にこそふさわしいが、唐璿・張仁愿のような将才を丞弼に用いたのも、功名の地位にふさわしい人選であったと評した。