新唐書卷一百十一 列傳第三十六 蘇烈

百済平定と西域三国生擒

  • 冀州武邑の人、字を以て通用。父邕の郷党防衛軍を継ぎ賊将張金称・楊公卿を破った。
  • 貞觀初、李靖に従い突厥頡利可汗を磧口で急襲、霧に紛れて牙帳を強襲した功で知られる。
  • 賀魯討伐で王文度の私欲による妨害(虜と戦わず自守を主張、降者を殺して財を奪おうとする)を退け、清廉を貫いた。伊麗道行軍大総管として賀魯を再征し、大雪の中の追撃で賀魯を捕らえ、蔥嶺以西を平定した。邢国公。
  • 都曼の反乱を平定した際、降伏者の助命を高宗に願い実現させた。神丘道大総管として百済を征討、真都城を陥落させ義慈王・太子隆・王泰を降し百済を滅ぼした。
  • 遼東道行軍大総管・平壌道大総管として高麗を攻め、涼州安集大使として吐蕃・吐谷渾に備えた。乾封二(667年)年、76歳で没し左驍衛大将軍・幽州都督・諡莊を贈られた(高宗が功績が忘れられていたことを嘆いた逸話が伝わる)。