新唐書卷一百十一 列傳第三十六 王方翼
碎葉城築城と熱海の戦い
- 并州祁の人。祖裕は隋州刺史・同安大長公主の夫。幼くして孤児となり、母が同安大長公主に疎まれ困窮する中で自ら家を興した。友人趙持満の屍を義によって収葬した逸話が伝わる。
- 肅州刺史として城防を整備し、儀鳳の蝗害を免れ被災民を救済した。裴行儉の吐蕃討伐に副として従い碎葉城を五十日で築城、西域諸胡を感嘆させた。
- 永淳初、十姓突厥の乱を熱海で鎮圧(矢が刺さった腕を自ら断ち切り指揮を続けた逸話)。夏州都督として牛疫対策の耦耕法を考案し、白鉄余の乱・阿史那元珍の乱も平定した。
- 武后の王后廃立に連座し、程務挺誅殺の際に共に流罪となり崖州への途上、63歳で没した。神龍初、官爵を回復。書に優れ魏叔琬と並称された。
方翼子 珣
- 子珣(字伯玉)は兄璵・弟瑨と共に「三王」と称された文人。進士及第後、武后に廃后(叔母にあたる王后)との縁を問われ左遷されるが、後に工部侍郎まで進み諡は孝。