新唐書卷八十九 列傳第十四 尉遲敬德
玄武門の功臣
- 尉遲敬德、名は恭、朔州善陽の人。劉武周の偏将として活躍後、秦王に降り、その武勇(単雄信を退けた逸話、竇建德の甥王琬を生け捕った逸話)で重用された。屈突通・殷開山らの疑いにもかかわらず秦王は信頼を貫いた。
- 隱太子建成の懐柔(金皿一車の贈与)を拒み忠義を示し、玄武門の変では斉王元吉を射殺、乱後は高祖への奏上役も務めた。論功第一とされ吳国公・実封千三百戸。
- 晩年は驕慢な面もあり(宴席での道宗との衝突で太宗に諫められた)、鄂国公に改封、開府儀同三司として朝見のみ務めた。顯慶三年(658年)卒(年七十四)、司徒・并州都督を追贈され昭陵に陪葬された。