新唐書卷二十三上 志第十三上 儀衛上

  • 唐制では、天子が宮中にいるときを「衙」、外出するときを「駕」といい、いずれも警衛(衛)と威儀(厳)を備えた。羽飾りの旗・華蓋・旌旗・儀仗・車馬の行列は盛大だが、静粛に整えられ騒がしくしない。天子の挙動には必ず扇を用い、出入りには鐘を撞き、庭には音楽を配し、道中には鹵簿(儀仗の列)と鼓吹(軍楽)を備える。礼を司る官と諸司は必ず必要な物を整えてから動く。これは慎重を期すためであり、慎重であれば尊厳が保たれ、尊厳があれば臣下も謹んで恭しくなる。儀衛は君を尊び臣を粛然とさせるためのもので、その声容・文彩は三代の制度そのものではないが、その盛儀には見るべきものがある。

衙(宮中における儀衛)

  • 朝会の仗衛は三衞が交代で勤務し、五仗(衙内五衞)に分かれる。第一は供奉仗(左右衞)、第二は親仗(親衞)、第三は勳仗(勳衞)、第四は翊仗(翊衞)で、いずれも鶡冠・緋衫裌を着る。第五は散手仗(親衞・勳衞・翊衞)で、緋絁裲襠を着て野馬の刺繡を施す。いずれも刀を帯び仗を執り、東西の廊下に列座する。
  • 毎月、内廊の閤外に46人が立ち「内仗」と呼ばれる。左右金吾将軍が当番し、中郎将1人がこれを統率、押官・知隊仗官を置く。朝堂には左右引駕三衞60人を置き、左右衞・三衞のうち年長で剛直・糾察に長けた者を充て、5番に分ける。引駕佽飛66騎は佽飛・越騎・歩射から選び6番に分け、各番に主帥1人を置く。天子が升殿する日は引駕を昇殿させ、金吾大将軍各1人が統率(押引駕官)、中郎将・郎将各1人が引駕事を検校する。また千牛仗があり、千牛備身・備身左右で構成、千牛備身は進徳冠を着け袴褶を服し、御刀・弓箭を執って升殿し御座の左右に列する。
  • 内外の諸門は帯刀の排道人が立ち「立門仗」と呼ばれる。宣政殿の左右門仗・内仗は3番交代で立ち「交番仗」という。諸衞には挾門隊・長槍隊があり、承天門内は左右衞、門外は左右驍衞、長楽・永安門内は左右威衞、門外は左右領軍衞、嘉徳門内は左右武衞がそれぞれの挾門隊を東西廊下に列する。車駕が皇城を出るときは挾門隊がすべて随行する。長槍隊には漆槍・木槍・白檊槍・樸頭槍がある。
  • 夜間、初更の太鼓が鳴ると諸隊は弓箭・胡祿(矢筒)を佩び鋪(哨所)を出て廊下に立ち、矛を構え弓を張り矢をつがえ弩を引き絞る。二更の鐘が鳴り終わると、当番の者は矛を掲げ、鐘声が絶えると武装を解く。一点(時刻の合図)で矛を構え矢を番える者は号令を唱え、諸衞の仗隊は交代で巡回する。門・閤を守る仗隊は兜・甲・防具を左肩に着け、その他の仗隊は当番者のみ防具一式を、供奉・散手仗も同様に着ける。
  • 朝には、初更の太鼓の後、矛を持つ者は皆矛を掲げ、弓を張る者は矢を収め弩を収める。立門隊・諸隊仗は廊下に整列。二更の鐘が絶えると矛を伏せ弓を弛め鋪を収め、諸門の挾門隊は階下に立つ。さらに一刻後、立門仗は元の位置に戻り、内外の仗隊は階下に整列する。
  • 元日・冬至の大朝会や蕃国王の接見の際は、供奉仗・散手仗が殿上に立ち、黄麾仗・音楽・五路(五種の車)・五副路・属車・輿輦・繖(大傘)2・翰(羽飾)1が庭に並べられ、扇156本を三衞300人が持ち両脇に列する。

黄麾仗の編成

  • 黄麾仗は左右廂各12部・12行。第1行は長戟で六色の氅(羽毛飾り)、領軍衞は赤、威衞は青・黒、武衞は鶩(あひる)色、驍衞は白、左右衞は黄の氅を用い、黄地雲花の襖・冒を着る。第2行は儀鍠と五色幡、赤地雲花の襖冒。第3行は大矟と黒い小孔雀の氅、黒地雲花の襖冒。第4行は小戟・刀・楯、白地雲花の襖冒。第5行は短戟と大きな五色鸚鵡毛の氅、青地雲花の襖冒。第6行は細射弓箭、赤地四色雲花の襖冒。第7行は小矟と小さな五色鸚鵡毛の氅、黄地雲花の襖冒。第8行は金花朱縢格の楯刀、赤地雲花の襖冒。第9行は戎(武器の一種)と鷄毛の氅、黒地雲花の襖冒。第10行は細射弓箭、白地雲花の襖冒。第11行は大鋋と白い毦(房飾り)、青地雲花の襖冒。第12行は金花緑縢格の楯刀、赤地四色雲花の襖冒。各行とも行縢・鞋・韈を着用する。
  • 前黄麾仗は、首列で左右廂各2部(部ごと12行・行10人)を左右領軍衞折衝都尉各1人・主帥各10人が師子袍・冒を着て統率。以下、左右威衞(豹文袍冒)、左右武衞、左右衞(各12行10人ずつ)と続き、最終列は軍衞・主帥各10人が師子文袍冒で後方を護る。
  • 左右領軍衞黄麾仗には首尾の廂に絳引旛があり、20本が前を先導し10本が後を掩う。10廂各々に独揭鼓12重(1重2人)を配し、赤地雲花の襖冒・行縢・鞋韈を着て黄麾仗の外側に位置する。
  • 黄麾仗一部ごとに鼓1、左右衞・左右驍衞・左右武衞・左右威衞の将軍各1人、大将軍各1人、左右領軍衞大将軍各1人が検校し、繡袍を着る。

五色旗仗と夾轂隊

  • 左右衞黄旗仗は両階の脇に立ち、兜・甲・弓箭・刀・楯はすべて黄色。隊には主帥以下40人が戎服・大袍を着け、2人が旗を先導し1人が執り2人が挟み、20人が矟を執り残りは弩・弓箭を帯びる。第1隊は麟旗、第2隊は角端旗、第3隊は赤熊旗で、折衝都尉各1人が検校する。また夾轂隊があり、廂ごとに6隊(隊30人)、胡木の兜・毦・蜀鎧・懸鈴・覆膊・錦の臂韝・白い行縢・紫の帯・鞋韈を着け、𥎞(武器)・楯・刀を持つ。廂ごとに折衝都尉1人・果毅都尉2人が検校し、進徳冠を着け紫縚連甲・緋繡葵花文の袍を着る。第1・第4隊は朱の兜鎧に緋の袴、第2・第5隊は白の兜鎧に紫の袴、第3・第6隊は黒の兜鎧に皂の袴。
  • 左右驍衞赤旗仗は東西廊下に座し、兜・甲・弓箭・刀・楯はすべて赤。第1鳳旗隊、第2飛黄旗隊は折衝都尉が、第3吉利旗隊・第4兕旗隊・第5太平旗隊は果毅都尉が検校する。
  • 親衞・勳衞・翊衞の仗は廂ごとに3隊が両角を固め、隊にはそれぞれ旗があり、校尉以下翊衞以上35人が平巾幘・緋裲襠・大口袴で横刀を帯び、矟を執る者20人、弩4人、弓箭11人。第1隊は鳳旗(大将軍が主る)、第2隊は飛黄旗(将軍)、第3隊は吉利旗(郎将)。
  • 左右武衞白旗仗は驍衞の次に位置し、兜・甲・弓箭・刀・楯はすべて白。第1五牛旗隊(黄旗を中央に、赤青を左、白黒を右、各8人が執る)以下、飛麟・駃騠・鸞・犀牛・鵔鸃・騏驎・騼䮷の各旗隊が続き、果毅都尉・折衝都尉が検校する。持鈒隊は果毅都尉・校尉が統率し、前列は銀装の長刀を執り紫黄の綬紛を帯びる。絳引旛1、金節12、罕・畢・朱雀幢・叉、青龍・白虎幢、道蓋・叉が各1つ続く。左は罕、右は畢、左は青龍、右は白虎。稱長1人が警告を告げる役を務め、鈒・戟隊各144人が左右3行に分かれ蹕(先払い)に応じる。
  • 左右威衞黒旗仗は階下に立ち、兜・甲・弓箭・楯・矟はすべて黒。第1黄龍負図旗隊、第2黄鹿旗隊、第3騶牙旗隊、第4蒼烏旗隊を果毅都尉が検校する。
  • 左右領軍衞青旗仗は威衞の次に位置し、装備はすべて青。第1応龍旗隊、第2玉馬旗隊、第3三角獣旗隊は果毅都尉が、第4白狼旗隊、第5龍馬旗隊、第6金牛旗隊は折衝都尉が検校する。

殳仗・歩甲隊・清游隊など

  • 殳仗・歩甲隊は将軍各1人が検校する。殳仗は左右廂千人で、廂ごとに250人が殳、250人が叉を執り、赤地雲花の襖冒・行縢・鞋韈を着る。殳と叉は交互に配置され、左右領軍衞各160人、左右武衞各100人、左右威衞・左右驍衞・左右衞各80人。左右廂の主帥38人は緋裲襠・大口袴で儀刀を執る。歩甲隊は左右廂各48(前後各24)、隊ごとに折衝都尉1人が統率し繡袍を着る。第1〜第12隊まで色(赤・青・黒・白・黄)と武器(弓箭または刀楯𥎞)を変えて配置される。
  • 左右金吾衞辟邪旗隊は折衝都尉が検校する。また清游隊・朱雀隊・玄武隊があり、清游隊は白澤旗2を建て、金吾衞折衝都尉が各40人を率いる(矟20人・弩4人・弓箭16人)。朱雀隊は朱雀旗を建て、金吾衞折衝都尉が40人を率い(矟20・弩4・弓箭16、䂍矟持ち2)、龍旗12・副竿2を伴い果毅都尉・大将軍が検校する。玄武隊は玄武旗を建て、金吾衞折衝都尉が各50人を率いる(矟25・弩5・弓箭20、䂍矟2)。

朝儀の次第

  • 朝日には殿上に黼扆(屏風)・躡席・熏爐・香案を設ける。御史大夫が属官を率いて殿西廡に至り、朱衣を着た従官が伝呼して百官を整列させ、文武の官は両観に並ぶ。監察御史2人が東西の朝堂甎道に立って監督する。夜明けに点呼が終わると内門が開き、監察御史が百官を率いて入る。校尉が門籍を確認し「在」と唱えて通す。文班は東門、武班は西門から入り、通乾・観象門南で序列を整える。宰相・両省官は香案前に対して並び、百官は殿庭左右に品階順に列する。武班の供奉者は横街の北に立ち、千牛中郎将以下が続き、左右金吾衞大将軍に至る。侍中が「外辦」を奏上すると、皇帝は西序門から歩み出て、扇を左右に立てて開閉する。左右金吾将軍が「左右廂内外平安」を奏上し、宰相・両省官が再拝して昇殿する。内謁者が仗を呼び入れ、左右羽林軍が木契で確認し東西の閤から入る。仗の人数に応じて監門・千牛備身・三衞・金吾の随行人数が定められる(20人以下は無仗、30人・100人・200人でそれぞれ人数が加増)。朝が終わると皇帝は東序門から入り、仗を解く。内外の仗隊は通常7刻、常参・輟朝の日は6刻で下番する。蕃客を饗応する日は仗を下ろした後に半仗を両廊に立て、朔望の受朝や蕃客の辞見では纛・矟隊を加え儀仗を半減する。日食・大霧などの際は内外諸門すべてに仗を立てる。雨天時は3刻延長して点呼を行う。

駕(行幸の儀衛・大駕鹵簿)

  • 天子が出行する2日前、太楽令が宮県の楽を庭に設ける。当日、晝漏上5刻に駕が出発する。出発7刻前に一鼓(一厳)、5刻前に二鼓(再厳)で侍中が「請中厳」を奏し、有司が鹵簿を並べる。2刻前に三鼓(三厳)で諸衞が隊と鈒戟を率いて殿庭に整列する。通事舎人が群官を朝堂に立たせ、侍中・中書令以下が西階で出迎える。侍中が璽(御璽)を負い、乗黄令が路(車)を太極殿西階南向きに進める。千牛将軍1人が長刀を執り路前に北向きに立ち、黄門侍郎1人が侍臣の前に立ち、賛者2人が控える。準備が整うと太僕卿が輿に上って手綱を執り、天子が輿で出て西階を降り、華蓋・警蹕・侍衛のもと路に升る。太僕卿が手綱を授け、侍中・中書令以下が夾侍する。
  • 黄門侍郎が「請発」を奏すと鑾駕(天子の車)が動き出し、警蹕の太鼓が響く。承天門を出ると、侍郎が馬上から「駕は少し留まり、侍臣は騎乗せよとの勅」を奏し、侍中が制可を伝える。侍臣が乗馬した後、侍郎は「車右升」を奏し、千牛将軍が乗車。さらに「請発」を奏して出発する。万年県令が先導し、京兆牧・太常卿・司徒・御史大夫・兵部尚書が続き、それぞれ品位に応じた鹵簿を伴う。
  • 隊列は清游隊、左右金吾衞大将軍(弓箭横刀を帯び龍旗以下朱雀隊を検校)、左右金吾衞果毅都尉(鉄甲佽飛を統率)、虞候佽飛48騎、外鉄甲佽飛24人(甲騎具装)、朱雀隊、指南車・記里鼓車・白鷺車・鸞旗車・辟悪車・皮軒車(各四馬)、引駕十二重、鼓吹、黄麾仗、殿中侍御史2人、太史監・相風輿・行漏輿、持鈒前隊、御馬24、尚乗奉御2人、左青龍右白虎旗、左右衞果毅都尉(各25騎)、通事舎人以下の文官(侍御史・御史中丞・拾遺・補闕・起居郎舎人・諫議大夫・給事中・中書舎人・黄門侍郎・中書侍郎・散騎常侍・侍中・中書令)、香蹬、左右衞将軍(班剣・儀刀を領する)、班剣・儀刀(左右廂各12行、親衞・勳衞・翊衞・驍衞・武衞・威衞・領軍衞・金吾衞の順で人数が漸増)、諸衞中郎将・郎将、玉路(六馬・太僕卿が馭し駕士32人)以下五路とその副、千牛衞将軍・中郎将・千牛備身、衙門旗、左右監門校尉、左右驍衞・翊衞、左右衞夾轂、大繖2・雉尾障扇・腰輿・大輦(主輦200人)、殿中少監、諸司供奉官、後持鈒隊、大繖・雉尾扇・玄武幢・絳麾・細矟、後黄麾、大角、方輦・小輦・小輿、左右武衞五牛旗輿5、乗黄令、金路・象路・革路・木路・五副路・耕根車・安車・四望車・羊車・属車12乗・黄鉞車・豹尾車、左右威衞(掩後200人歩従)、左右領軍衞将軍(歩甲隊・殳仗を領する)、諸衞馬隊(左右廂各24、辟邪旗以下24種の旗隊)、玄武隊、衙門、監門校尉、と続く。
  • 駕が目的地に至ると、路は南向きになり、将軍が路の右に降り立ち、侍中が「請降路」を奏する。天子は輿で降りて入り、繖・扇・華蓋・侍衛が随う。
  • 還御の際は、1刻前に一鼓(一厳)で仗衛が塗(道)に戻り、3刻前に二鼓(再厳)で将士が隊仗を布き侍中が「請中厳」を奏し、5刻前に三鼓(三厳)で黄門侍郎が「請駕発」を奏する。太鼓が響き駕が出発、鼓吹が奏でられる。門に入ると太楽令が蕤賓の鐘を撃たせ、柷(楽器)を鼓して采茨の楽を奏する。太極門に至ると敔(楽器)を戛して楽を止め、入ると太和の楽を奏する。路を南向きに回し、侍中が降路を請い、天子は輿に乗って入る。門に至ると楽を止め、皇帝が入ると侍中が「請解厳」を奏し、鉦を叩いて将士は皆休む。