晉書卷百二十四 載記第二十四 慕容盛
蘭汗打倒と即位(399年-401年)
- 慕容盛、字は道運。寶の庶長子。若くして才略に優れ、慕容永・慕容垂のもとを転々としながら生き延びた。寶の南征時に段速骨の乱から寶を救うなど活躍したが献策は用いられず敗戦が続いた。
- 寶の死後、蘭汗のもとに身を寄せ、慕容奇らと結んで蘭汗・蘭穆を誅殺し実権を握った(399年)。当初は謙譲して長楽王を称し(建平と改元)、翌年皇帝を称した(長楽と改元)。
- 統治は厳格な法治に基づき、周公旦の忠義を疑問視する独自の議論(伊尹との比較を含む)を臣下と交わすなど、思弁的で猜疑心の強い性格が語られる。高句麗遠征などの対外戦も行った。
- 猜疑心から旧臣を粛清したため人心が離れ、慕容国らの反乱(禁兵襲撃)に遭い負傷、隆安5年(401年)死去。享年29、在位3年。偽諡は昭武皇帝、廟号中宗。