杜不愆
- 杜不愆、廬江の人。若くして外祖父の郭璞に師事し『易』占いを学んだ。しばしば的中した。高平の郗超が二十余歳のとき重病にかかり、試しに彼に占わせた。不愆は「卦から言えば、あなたの病はまもなく癒えるでしょう。しかし東北30里にある上宮姓の家に行き、そこで飼っている雄の雉を求め、籠に入れて東の軒下に置きなさい。九日後の丙午の日の正午、必ず雌の雉が飛んできて交わり、そのまま二羽で去るでしょう。もしそうなれば、二十日を出ずして病はすべて癒え、また良い兆しとなり、あなたは八十近くまで生き人臣として最高位に至るでしょう。もし雌だけが去り雄が残れば、病は一年で治りますが、寿命は四十歳ほどになり、名声・地位も失うでしょう」と言った。
- 超は当時衰弱重篤で命が旦夕にあると案じていたため、笑って「八十の半分でも十分だ。一年で病が治るなら、何を憂うことがあろうか」と答えたが、まだ信じてはいなかった。ある人が言葉通りにするよう勧め、雉を求めさせると果たして得られた。丙午の日、超は南の軒の下に横たわってこれを観察した。日が暮れる頃、果たして雌の雉が籠に飛び入り、雄の雉と交わって去ったが、雄の雉は動かなかった。超は「管輅・郭璞の奇才でも、これに勝るものはあるまい」と嘆じた。超の病は一年かけて治まり、40歳のとき中書郎として没した。不愆はその後、占筮を行うことが少なくなり、このような事例は二度となかった。後に桓嗣の建威参軍となった。