晉書卷九十四 列傳第六十四 公孫永
公孫永
- 公孫永、字は子陽、襄平の人。若くして学を好み穏やかで無欲であり、平郭の南山に隠棲し、妻妾を娶らず、自ら耕作したもの以外は口にせず身につけなかった。岩間で詩を吟じ、喜々として満足しており、90歳を過ぎても操行は衰えなかった。公孫鳳とともに慕容暐に召されて鄴に至ったが、暐に会っても拝礼しなかった。王公以下の者たちが訪ねても、誰とも話さず、厳寒であろうと酷暑であろうと、端然として変わらなかった。一年余り経つと狂気を装ったため、暐は彼を平郭に送り返した。後に苻堅が再び礼を整えて召そうとしたが、年老いて道が遠いことを難しく思い、使者を遣わして様子を尋ねさせた。使者が到着する前に永は没し、堅は深く彼を悼み「崇虚先生」と諡した。