王沈
- 王沈、字は彦伯、高平の人。若くして俊才があったが、寒門の出であるがゆえに世俗に迎合できず、時の権勢家に抑えられていた。郡の文学掾として仕えたが鬱々として志を得ず、『釈時論』を著した。
- この作品は、東方の野に隠棲する老人と、寒冷の谷から出てきた「氷氏の子」との問答形式の寓話である。氷子が栄達の道を求めて老人に道を尋ねると、老人は当世の栄達がもはや才によらず、貴族の家柄や縁故によって決まる仕組みを詳述し、才ある寒門の士がいかに軽んじられ、無為な者や諂う者がむしろ賢者と評価される腐敗した風潮を痛烈に批判する。権門に群がり官職を求める都の人々のさまざまな醜態、また表面を飾り本心を偽る処世術がもてはやされる様を描き、氷子は最後にこれを聞いて悟り、富貴を求めず貧賤に安んじる道を選ぶことを誓う。伯成子高・延陵季子のような高潔な隠者を慕い、栄華の儚さ(丹轂を極めた者もやがて族滅し、呂氏・霍氏も哀しみに終わったこと)を悟り、老荘・巣父・許由の教えに帰り、質素な暮らしに安んじる決意を語って結ばれる。
- 当時、朝政は衰退し、人材登用は実質を失い、多くの君子が退いて窮居し、そのまま郷里で生涯を終えた。
- 元康初年、松滋令であった呉郡の蔡洪、字は叔開、才名があり、『孤奮論』を著した。その趣旨は『釈時論』と同じであり、読む者はみな感嘆した。