晉書卷九十二 列傳第六十二 棗據

棗拠

  • 棗拠、字は道彦、潁川長社の人。本姓は棘であったが、先祖が仇を避けて改姓した。父の叔禕は魏の鉅鹿太守。拠は容貌美しく、文辞に優れた。20歳で大将軍府に召され、山陽令に出て政績を挙げた。尚書郎に昇り、右丞に転じた。賈充が呉を討伐した際、従事中郎として招かれた。軍が帰還した後、黄門侍郎・冀州刺史・太子中庶子に移った。太康年間、50余歳で没した。詩賦論45篇を著したが、乱により多くが失われた。
  • 子の棗腆、字は玄方、こちらも文章で知られ、永嘉年間に襄城太守となった。弟の棗嵩、字は台産、才芸に特に優れ、太子中庶子・散騎常侍となったが、石勒に殺された。