晉書卷十七 志第七 律曆志中

暦法の沿革(上古〜後漢の乾象暦)

  • 上古の聖人は天体観測により暦法を定め、「調暦」を著した。少昊・顓頊・唐虞・夏殷周それぞれで暦法に変遷があり、火(大火星)の出現月が夏三月・商四月・周五月とずれたように王朝ごとに正朔が異なった。
  • 秦は五行相勝説により水徳を称し、十月を正月とした。漢初はそれを踏襲し、武帝の代に司馬遷らが《漢暦》を作り夏正に復した。のち劉歆が《三統暦》を作り《春秋左氏伝》の説明に用いたが精密さに欠け、班固がそのまま《漢書》律暦志に採用した。
  • 光武帝中興後、太僕朱浮が暦の乖謬を指摘したが未詳考のまま、永平末に《四分暦》に改め、七十余年を経て儀式が整った。光和年間に劉洪・蔡邕が律暦を修め、のち司馬彪がこれを継いだ。本志は魏の黄初以降の暦法沿革を司馬彪《続漢書》律暦志に続けて記す。
  • 後漢霊帝の代、会稽東部尉の劉洪は史官の暦注を考証し、《四分暦》が天象に疎いのは斗分(冬至点のずれの端数)が大きすぎるためと悟った。紀法を五百八十九、斗分を百四十五とし、冬至の日躔を斗二十二度とする《乾象法》を作り、日月五星の運行を推算した。上古の実測と現行の観測いずれにも合うよう検証し、日の遅速・月の陰陽交錯(黄道と赤道の出入り)まで考慮したため、従来より精密になった。献帝建安元年、鄭玄がこの法を受けて注釈を加えた。

魏文帝黄初期の改暦論議

  • 魏文帝黄初年間、太史令高堂隆が改めて暦数を議論した。太史丞韓翊は《乾象暦》が斗分を減らしすぎ将来「先天」(暦が実際の天象より進みすぎる)になると考え、紀法四千八百八十三・斗分千二百五とする《黄初暦》を作った。
  • 尚書令陳群は、《黄初暦》と《乾象暦》とで日月の行度・弦望朔晦の推算が三年にわたり食い違い決着がつかないため、三公に議論させ一年かけて実効を比較して優劣を定めるよう上奏し、許可された。
  • 太史令許芝は、劉洪の月行術が用いられて約四十年、一辰余りのずれが生じていると述べた。
  • 孫欽は、司馬遷の《太初暦》を劉歆が《三統暦》に改め、章和年間に《四分暦》へ改めたが、なお日食の予測に半日以上の誤差があったこと、熹平年間に劉洪が《乾象暦》に改め、七曜の運行が天地の秩序に合うようになったと論じた。
  • 董巴は、聖人が日影・月の弦望・五星の見え隠れ・晦朔の遅速によって暦の正しさを検証したと述べ、弦望・伏見こそ暦数の要であるとした。
  • 徐岳は、劉洪が《太初》《三統》《四分》の三暦を比較検討し、月の運行が九年で一終する「九道」、171年で「九道小終」、567年で九終するという周期を明らかにしたこと、《四分暦》が斗分の過多により疎漏になっていたことを説明した。さらに日食の検証こそ改暦の要であり、熹平年間に劉洪が予測した日食(時刻・方角・食分)が実際と一致し、劉歆以来これほど正確な者はいなかったと述べた。加えて黄初二年・三年の日食5件について、《乾象暦》と《黄初暦》の予測と実際の観測(消息)とを比較し、《乾象暦》が四件、《黄初暦》が一件、より天象に近かったと結論した。
  • 黄初二年六月二十九日戊辰の日食:実際の加時は未、《乾象術》は申半強、消息は未に近い。《黄初暦》は辛強で二辰半遠く、《乾象暦》は一辰半強で近い。
  • 三年正月丙寅朔の日食:《黄初暦》は酉弱、《乾象暦》は午少、消息は未。《黄初暦》は半辰後天で近く、《乾象暦》は二辰少弱先天でやや遠い。
  • 三年十一月二十九日庚申の日食:《乾象暦》は未初、消息は申、《黄初暦》は未強。《乾象暦》は一辰先天、《黄初暦》は半辰先天で近く、消息は《乾象暦》に近い。
  • 二年七月十五日癸未の月食:《乾象暦》は申、消息は未、《黄初暦》は子強で入甲申日。《乾象暦》は二辰後天、消息は一辰後天で近く、《黄初暦》は六辰後天で遠い。
  • 三年十一月十五日乙巳の月食:《乾象暦》は巳半、消息は午、《黄初暦》は丙午酉強。《乾象暦》は二辰先天で近く、《黄初暦》は二辰強後天で遠い。
  • 韓翊は徐岳に反論し、「《乾象暦》の消息は減じることしかできず加えることはできない、根拠がなく採用できない」と論じた。徐岳は、この術には師伝の消息法があり、消息を「奇」として扱うのは師法に基づくもので改められないとし、韓翊の術こそ疎漏であると述べた。
  • 五星の見伏についても両暦を比較した。
  • 木星:三年五月二十四日丁亥晨見。《黄初暦》は五月十七日庚辰見で七日先行、《乾象暦》は五月十五日戊寅見で九日先行。
  • 土星:二年十一月二十六日壬辰見。《乾象暦》は十一月二十一日丁亥見で五日先行、《黄初暦》は十一月十八日甲申見で八日先行。
  • 土星:三年十月十一日壬申伏。《乾象暦》は同じく壬申伏、《黄初暦》は十月七日戊辰伏で四日先行。
  • 土星:三年十一月二十二日壬子見。《乾象暦》は十一月十五日乙巳見で七日先行、《黄初暦》は十一月十二日壬寅見で十日先行。
  • 金星:三年閏六月十五日丁丑晨伏。《乾象暦》は六月二十五日戊午伏で十九日先行、《黄初暦》は六月二十二日乙卯伏で二十三日先行。
  • 金星:三年九月十一日壬寅見。《乾象暦》は八月十八日庚辰見で二十三日先行、《黄初暦》は八月十五日丁丑見で二十五日先行。
  • 水星:二年十一月十七日癸未晨見。《乾象暦》は十一月十三日己卯見で四日先行、《黄初暦》は十一月十二日戊寅見で五日先行。
  • 水星:二年十二月十三日己酉晨伏。《乾象暦》は十二月十五日辛亥伏で二日遅行、《黄初暦》は十二月十四日庚戌伏で一日遅行。
  • 水星:三年五月十八日辛巳夕見。《乾象暦》も同じく五月十八日見、《黄初暦》は五月十七日庚辰見で一日先行。
  • 水星:三年六月十三日丙午伏。《乾象暦》は六月二十日癸丑伏で七日遅行、《黄初暦》は六月十九日壬子伏で六日遅行。
  • 水星:三年閏六月二十五日丁亥晨見。《乾象暦》は閏月九日辛未見で十六日先行、《黄初暦》は閏月八日庚午見で十七日先行。
  • 水星:三年七月七日己亥伏。《乾象暦》は七月十一日癸卯伏で四日遅行、《黄初暦》は七月十日壬寅伏で三日遅行。
  • 水星:三年十一月十四日甲辰伏(晷度による)。《乾象暦》は十一月九日己亥伏で五日先行、《黄初暦》は十一月八日戊戌伏で六日先行。
  • 水星:三年十二月二十八日戊子夕見。両暦とも十二月壬申見で、ともに十六日先行。
  • 総計、四星の見伏十五件のうち、《乾象暦》は七件が近く二件が中、《黄初暦》は五件が近く一件が中であった。
  • 郎中李恩は、太史の実測と暦とを照合したところ二年七月・三年十一月の望と天象の度数に食い違いがあり、月食の加時が実際より六辰半も遅れており、単なる三度の誤差ではなく半日以上の後天であると論じた。
  • 董巴はさらに、伏羲が八卦を作って二十四節気を象り、黄帝がこれにより《調暦》を作って以来、十一代五千年の間に七度改暦があったこと、顓頊暦は孟春正月朔旦立春を元とし、五星が営室に会し万物が呼応する瑞祥をもって「暦宗」とされたこと、殷の湯王は正月朔旦立春でなく十一月朔旦冬至を元首としたこと、周・魯・漢もこれを受け継いだが、夏暦は堯舜を承け顓頊に従うため天に最も合致すると論じた。
  • 楊偉は、六十日あれば疎密を判定でき十年を待つ必要はない、暦の校正の根本法を定めずに末梢の争いを続けるのは方寸の基で高楼を建てるようなものだと述べ、韓翊が劉洪の術に依拠しながらその論を排し師の術を裏切っていると批判した。この校定の議は決着せぬまま文帝が崩じて沙汰止みとなった。
  • 明帝景初元年、尚書郎楊偉が《景初暦》を作って上表し、帝はこれにより正朔を改め、建丑の月を正月とし、その年の三月を孟夏に改めたが、郊祀・蒐狩・時令の頒布は建寅を正とした。景初三年正月、帝が崩じ、夏正に復した。
  • 蜀漢では引き続き漢の《四分暦》を用いた。呉では中書令闞澤が東萊の徐岳から劉洪の《乾象法》を受け、さらに注釈を加えた。中常侍王蕃はこの術の精妙さにより渾天儀の理を推し、儀象や論を著したため、孫呉は《乾象暦》を用い、呉が滅ぶまで続いた。
  • 晉の武帝が即位した泰始元年、魏の《景初暦》によって《泰始暦》と改名した。楊偉の五星推算は疎漏であったため、元帝の江南渡り以降、《乾象暦》の五星法をもって《景初暦》(楊偉暦)に代えた。黄初以後の改暦はいずれも《乾象暦》が減じた斗分・朔余・月行の陰陽遅疾を参酌して折衷を図っており、劉洪の術は後世の推歩(暦算)の模範とされたため、本志ではまずこれを掲げる。

乾象暦——基本定数

  • 上元己丑より建安十一年丙戌に至るまで、積年七千三百七十八年。
  • 乾法:千百七十八。
  • 会通:七千百七十一。
  • 紀法:五百八十九。
  • 周天:二十一万五千百三十。
  • 通法:四万三千二十六。
  • 通数:三十一。
  • 日法:千四百五十七。
  • 歳中:十二。
  • 余数:三千九十。
  • 章歳:十九。
  • 没法:百三。
  • 章閏:七。
  • 会数:四十七。
  • 会歳:八百九十三。
  • 章月:二百三十五。
  • 会率:千八百八十二。
  • 朔望合数:九百四十一。
  • 会月:一万一千四十五。
  • 紀月:七千二百八十五。
  • 元月:一万四千五百七十。
  • 月周:七千八百七十四。
  • 小周:二百五十四。

推入紀

  • 上元から求める年までを乾法で割り、余りを紀法で割る。余りが紀法に満たなければ内紀甲子年に入る。乾法で割り切れて余りが出た場合は外紀甲午年に入る。

推朔

  • 入紀年に、外して求める年数を章月で乗じ章歳で割ったものを定積月とし、余りを閏余とする。閏余が十二以上なら、その歳に閏がある。定積月に通法を乗じたものを仮積日とし、日法で割ったものが定積日、余りが小余となる。積日を六十で割った余りが大余で、入紀の干支から算えて、求める年の天正十一月朔日を得る。
  • 次月を求めるには、大余に二十九、小余に七百七十三を加え、小余が日法を満たせば大余へ繰り上げる。小余が六百八十四以上ならその月は大の月(三十日)である。

推冬至

  • 入紀年に、外して求める年数を余数で乗じ、紀法で割った余りを大余、割り切れない端数を小余とする。六十で割った余りを紀の干支から算えて、天正冬至の日を得る。

求二十四気

  • 冬至の小余に、大余十五・小余五百十五を加え、二千三百五十六を満たせば大余に繰り上げ、以下同様に命じる。

推閏月

  • 章歳から閏余を引いた余りに歳中を乗じ、章閏で割ったものが一月分となる。割り切れずとも半法以上あれば同様に一月とし、進退があり、中気を含まない月(無中月)をもって閏とする。

推弦望

  • 大余七・小余五百五十七半を加え、小余が日法を満たせば大余に繰り上げる。以下同様に得たものが上弦、さらに加えて望、さらに加えて下弦、さらに加えて次月朔となる。弦望の定小余が四百一以下であれば、百刻を乗じ日法で割って一刻を得、割り切れなければ十倍して分を求め、近い節気の夜漏の残りと照合し、算えて日とする。

推没

  • 入紀年に、外して求める年数を余数で乗じ、紀法で割ったものを積没とし、余りがあれば積に一を加える。これに会通を乗じ、没法で割ったものを大余、余りを小余とする。大余を紀の干支から算えて、冬至後の没日を得る。
  • 次の没を求めるには、大余六十九・小余六十四を加え、その法を満たせば大余へ繰り上げる。端数がなければ「滅」とする。

推日度

  • 紀法に積日を乗じ、周天で割った余りをさらに紀法で割ったものが度となる。牛宿前五度を起点に宿次を数えて割ると、天正朔の夜半における日の所在を得る。
  • 次日を求めるには一度を加え、斗宿にかかる分は除く。分が少なければ一度を減じて紀法とし加える。

推月度

  • 月周に積日を乗じ、周天で割った余りを紀法で割ったものが度、余りが分となり、これにより天正朔夜半における月の所在度を得る。
  • 次月を求めるには、小の月なら度二十二・分二百五十八を加える。大の月ならさらに一日、度十三・分二百十七を加え、法を満たせば一度を得る。冬の下旬には月は張宿・心宿の位置にあるとする。

推合朔度

  • 章歳に朔の小余を乗じ、会数で割ったものを大分、割り切れない端数を小分とする。大分を朔夜半の日分に加え、紀法を満たせば度に繰り上げ、以下同様に命じると天正合朔における日月共会の位置を得る。
  • 次月を求めるには度二十九・大分三百十二を加え、小分が会数を満たせば大分に繰り上げ、大分が紀法を満たせば度に繰り上げる。斗宿にかかる大分は除く。
  • 弦望の日の所在度を求めるには、合朔度に七・分二百二十五・小分十七半を加え、大小分及び度を上同様に命じると上弦の日の所在度を得る。さらに加えて望・下弦・次月合を得る。
  • 弦望の月の行度を求めるには、合朔度に九十八・大分四百八・小分四十一を加え、上同様に命じると上弦の月の所在を得る。さらに加えて望・下弦・次月合を得る。
  • 日月の昏明度を求めるには、日は紀法、月は月周を、近い節気の夜漏に乗じ、二百で割ったものを明分とする。日は紀法から、月は月周から明分を引いた残りを昏分とする。それぞれ夜半の値に加え、法どおり度を求める。

推月食

  • 上元の年に、外して求める年数を会歳で割り、余った年数に会率を乗じ会歳で割ったものを積食とし、余りがあれば積に一を加える。これに会月を乗じ会率で割ったものを積月とし、余りを月余とする。章閏に余った年数を乗じ章歳で割ったものを積閏とし、積月から引いた残りを歳中で割った端数から、天正を起点として数える。
  • 次の食を求めるには、五月と月余千六百三十五を加え、会率を満たせば一月に繰り上げる。この月をもって望とする。

推卦用事日

  • 冬至の大余に基づき、その小余を倍にしたものが坎(かん)の用事日である。小余に千七十五を加え乾法を満たせば大余に繰り上げたものが中孚(ちゅうふ)の用事日である。
  • 次の卦を求めるには、それぞれ大余六・小余百三を加える。四正卦(坎・震・離・兌)はそれぞれ中日を起点とし、その小余を倍にする。

推五行用事

  • 冬至の大小余に、大余二十七・小余九百二十七を加え、二千三百五十六を満たせば大余に繰り上げると、土の用事日を得る。大余十八・小余六百十八を加えると立春・木の用事日を得る。大余七十三・小余百十六をさらに加えると再び土に戻る。さらに土を加えると火、金、水も同様に得る。

推加時

  • 小余に十二を乗じ、その法を満たせば一辰を得る。子の刻から数え始め、算え終えたところが、朔・弦・望それぞれの定小余に対応する時刻となる。

推漏刻

  • 小余に百を乗じ、その法を満たせば一刻を得る。割り切れなければ十倍して分を求め、近い節気と照合し、夜漏の始終を求める。夜の水時計の目盛りが尽きない場合は、近い節気の値による。
  • 進退の推算は、進めば加え退けば減じて得る。進退には差があり、二分(春分・秋分)の後から起算し、四度ごとに少しずつ増し、その少がさらに半ばになる度に三度ごとに転じ、差が三を満たすと止まり、五度を経てまた初めに戻って減じる。

月行三道術

  • 月の運行には遅疾があり、周期的に一定の進みを持つ。会数を天地の凡数に乗じ、余率を自乗して会数で割ったものを過周分とする。これを周天に加え、月周で割ったものが暦日数である。遅疾には規則的な変化(衰)があり、その変化は自然の勢いによる。衰を月の行度率に加減して日ごとの転度分を得る。衰を左右に加減して損益率とする。益を重ねれば増え、損を重ねれば減じ、これが盈縮の積(累積偏差)である。小周の半分に通法を乗じ通数で割り、暦周を引いたものが朔行分である。
  • 一日ごとの日転度分・列衰・損益率・盈縮積(暦周二十七日分・単位省略):
  • 一日:十四度十分の一。退・減・益二十二。盈初二百七十六。
  • 二日:十四度九分の二。退・減・益二十一。盈二十二、二百七十五。
  • 三日:十四度七分の三。退・減・益十九。盈四十三、二百七十三。
  • 四日:十四度四分の四。退・減・益十六。盈六十二、二百七十。
  • 五日:十四度四。退・減・益十二。盈七十八、二百六十六。
  • 六日:十三度十五分の四。退・減・益八。盈九十、二百六十二。
  • 七日:十三度十一分の四。退・減・益四。盈九十八、二百五十八。
  • 八日:十三度七分の四。退・減・損。盈百二、二百五十四。
  • 九日:十三度三分の四。退・加・損四。盈百二、二百五十。
  • 十日:十二度十八分の三。退・加・損八。盈九十八、二百四十六。
  • 十一日:十二度十五分の四。退・加・損十一。盈九十、二百四十三。
  • 十二日:十二度十一分の三。退・加・損十五。盈七十九、二百三十九。
  • 十三日:十二度八分の二。退・加・損十八。盈六十四、二百三十六。
  • 十四日:十二度六分の一。退・加・損二十。盈四十六、二百三十四。
  • 十五日:十二度五分の一。進・減・損二十一。盈二十六、二百三十三。
  • 十六日:十二度六分の二。進・減・損二十(この日は損が本来不足するため、五を反対に益とする。盈初は損縮初二十で不足のため、盈五・縮初二百三十四とする)。
  • 十七日:十二度八分の三。進・減・益十八。縮十五、二百三十六。
  • 十八日:十二度十一分の四。進・減・益十五。縮二十三、二百三十九。
  • 十九日:十二度十五分の三。進・減・益十一。縮四十八、二百四十三。
  • 二十日:十二度十八分の四。進・減・益八。縮五十九、二百四十六。
  • 二十一日:十三度三分の四。進・減・益四。縮六十七、二百五十二。
  • 二十二日:十三度七分の四。進・加・損。縮七十一、二百五十四。
  • 二十三日:十三度十一分の四。進・加・損四。縮七十一、二百五十八。
  • 二十四日:十三度十五分の四。進・加・損八。縮六十七、二百六十二。
  • 二十五日:十四度四。進・加・損十二。縮五十九、二百六十六。
  • 二十六日:十四度四分の三。進・加・損十六。縮四十七、二百七十二。
  • 二十七日(暦初):十四度七分の三。進・加・損十九。縮三十一、二百七十三。
  • 三大周日(周日):十四度九分の少。進・加・損二十一。縮十二、二百七十五。
  • 周日分:三千三百三。
  • 周虚:二千六百六十六。
  • 周日法:五千九百六十九。
  • 通周:十八万五千三十九。
  • 暦周:十六万四千四百六十六。
  • 少大法:千百一。
  • 朔行大分:一万千八百一。
  • 小分:二十五。
  • 周半:百二十七。

推合朔入暦

  • 上元積月に朔行の大小分を乗じ、小分が通数三十一を満たせば大分に繰り上げ、大分が暦周を満たせば取り除いた余りを周法で割ったものが日数、割り切れない端数が日余となる。日余を算え起こしたものが求める合朔入暦である。
  • 次月を求めるには一日・日余五千八百三十二・小分二十五を加える。
  • 弦望を求めるにはそれぞれ七日・日余二千二百八十三・小分二十九半を加え、それぞれ法どおり日に繰り上げ、日数が二十七日を満たせば取り除く。余りは周分で扱う。足りなければ一日を減じ周虚を加える。

求弦望定大小余

  • 入暦の盈縮積に通周を乗じたものを実(被除数)とする。通数に日余の分を乗じ、これに損益率を乗じたものを実に損益し、加時の盈縮を得る。章歳から月行分を引いたものに周半を乗じたものを差法とし、これで割った商により大小余を盈で減じ縮で加える。日法を満たすか不足するかにより、朔の加時が前日・翌日にずれる。弦望の進退の大余をもって定小余とする。

求朔弦望加時定度

  • 章歳に加時盈縮を乗じ、差法で割った商が会数を満たしたものを盈縮の大小分とし、盈で減じ縮で加えて本来の日月所在に加え、盈不足に応じ紀法で度を進退させ、日月の所在の定度分を得る。

推月行夜半入暦

  • 周半に朔の小余を乗じ、通数で割ったものを入暦の日余から引く。足りなければ周法を加えて引き、一日を繰り下げる。周日を得たらその分を加えると夜半入暦を得る。
  • 次日を求めるには一日を転じ、日余が二十七日に達したら周日分を満たすごとに取り除き、周日そのものには直接あたらない。満たない場合はそのまま扱い、周虚をその余りに加えたものが翌日の入暦日余となる。

求月夜半定度

  • 夜半入暦の日余に損益率を乗じ、周法で割った商を得、割り切れない端数を余りとし、これで縮積を損益する。損じきれない場合は全体を破って法とし損じ、夜半の盈縮を得る。章歳で割ったものを度、割り切れない端数を分とする。通数を分と余りに乗じ、余りが周法を満たせば分に繰り上げ、分が紀法を満たせば度に繰り上げ、盈で本来の夜半度に加え縮で減じて定度を得る。

求変衰法

  • 入暦の日余に列衰を乗じ、周法で割った商を得、割り切れない端数を余りとする。これによりその日の変衰(変化の度合い)が分かる。

求次暦

  • 周虚に列衰を乗じ、周法で割ったものを常数とする。暦が終わるごとに変衰に加え、列衰を満たせば取り除き、次の暦の変衰に転用する。

求次日夜半定度

  • 変衰を進めては加え退けば減じて暦日の転分とし、分の盈不足に応じ章歳で度の出入りを求める。通数を分と余りに乗じ、日転を夜半定度に加えて次日の値とする。暦が周日にちょうど当たらない場合は余り三十八を減じ、通数を乗じる。周日にちょうど当たる場合は余り八百三十七を加え、また少大分八百九十九を次暦の変衰に加えて同様に求める。

求次日夜半盈縮

  • 変衰を損益率に加減して変損益率とし、これにより夜半の盈縮を順次損益する。暦が終わって損が不足する場合は反対に加えて次の暦に入り、加減する余りは上の数のとおりとする。

求昏明月度

  • 暦の月行分に近い節気の夜漏を乗じ、二百で割ったものを明分とする。月行分から引いた残りを昏分とする。分は章歳で割って度とし、通数を分に乗じて夜半定度に加え、昏明の定度を得る。余りの分が半法以上なら繰り上げ、満たなければ切り捨てる。

求月行遅疾

  • 月は四つの軌道の端(四表)を経て、三道(黄道・陰陽二道)を出入りし、天を交錯して分かつ。月率で割ったものが暦の日数である。周天に朔望合を乗じ会月で割ったものが朔合分である。通数に合数を乗じ、会数で割った余りが退分であり、これを月周に加えたものが日進分である。会数で割ったものが差率である。
  • 陰陽暦の衰・損益率・兼数の表(暦周十三日分・後半は対称):
  • 一日:一。減・益十七(初日)。
  • 二日:限余千二百九十・微分四百五十七(前限)。一。減・益十六、十七。
  • 三日:三。減・益十五、三十三。
  • 四日:四。減・益十二、四十八。
  • 五日:四。減・益八、六十。
  • 六日:三。減・益四、六十八。
  • 七日:三。減(本来減三とすべきところ不足するため反対に損を益一に転じる)、七十二。
  • 八日:四。加・損二(月行が半周を過ぎ、度が既に極を過ぎればこれを「過極損」という)。
  • 九日:四。加・損六、七十一。
  • 十日:三。加・損十六、十五。
  • 十一日:二。加・損十三、五十五。
  • 十二日:一。加・損十五、四十二。
  • 十三日:限余三千九百十二・微分千七百五十二(後限)。一。加。暦初大分、日。損十六、二十七。分日五千二百の三(少ない場合は加え、少ないものは損十六大十一とする)。
  • 少大法:四百七十三。
  • 暦周:十万七千五百六十五。
  • 差率:一万千九百八十六。
  • 朔合分:一万八千三百二十八。
  • 微分:九百十四。
  • 微分法:二千二百九。

推朔入陰陽暦

  • 会月から上元積月を引いた余りに、朔合分及び微分をそれぞれ乗じ、微分がその法を満たせば合分に繰り上げ、合分が周天を満たせば取り除く。その余りが暦周に満たなければ入陽暦、満ちて取り除いた余りは入陰暦とする。いずれも月周で割って一日を得、算え起こしたものがその月の合朔入暦であり、割り切れない端数を日余とする。

求次月

  • 二日・日余二千五百八十・微分九百十四を加え、法どおり日に繰り上げ、十三日を満たせば取り除き、余りを分日のとおり扱う。陰陽暦が交わる際には、前限余の前・後限余の後に入るものが「月行中道」である。

求朔望定数

  • それぞれ入遅疾暦の盈縮大小分を置き、会数を小分に乗じたものを微分とし、盈で減じ縮で加えて陰陽の日余とする。日余の盈不足に応じて日を進退させ確定する。定日余に損益率を乗じ、月周で割ったものを兼数に損益し、加時定数を得る。

推夜半入暦

  • 差率に朔の小余を乗じ、微分法で割ったものを入暦の日余から引く。足りなければ月周を加えて引き、一日を繰り下げる。分日を得たらその分を加え、会数で微分を約したものを小分とし、これが朔日夜半入暦である。
  • 次日を求めるには一日・日余三十一・小分三十一を加え、小分が会数を満たせば余りに繰り上げ、余りが月周を満たせば取り除く。さらに一日を加え、暦が終わって日余が分日を満たせば取り除いたものが入暦の初となる。分日に満たない場合はそのまま扱い、余り二千七百二・小分三十一を加えたものが次の暦に入る。

求夜半定日

  • 通数に入遅疾暦の夜半盈縮及び余りを乗じ、余りが周半を満たせば小分とする。盈で加え縮で減じて陰陽の日余とし、日余の盈不足に応じ月周で日を進退させ確定する。定日余に損益率を乗じ月周で割ったものを兼数に損益し、夜半定数を得る。

求昏明数

  • 損益率に近い節気の夜漏を乗じ、二百で割ったものを明とし、損益率から引いたものを昏とし、夜半数を昏明それぞれに損益して昏明定数を得る。

求月去極度

  • 加時あるいは昏明の定数を十二で割ったものを度とし、余りを三で割って「少」とし、割り切れなければ一を「強」、二を「少弱」とする。これが月の黄道からの距離(去極度)である。陽暦では日の所在する黄道の去極度に加え、陰暦では引いたものが月の去極度である。強は正、弱は負として、強弱同士は加算し、同名(同符号)は従い、異名(異符号)は相殺する。減算のときは同名を相殺し異名を従わせ、対応するものがなければそのまま、二つの強は少に進んで弱となる。

上元と建安十一年の積年・干支

  • 上元己丑より建安十一年丙戌に至るまで、積年七千三百七十八年。
  • 上元起算の干支の並び:己丑・戊寅・丁卯・丙辰・乙巳・甲午・癸未・壬申・辛酉・庚戌・己亥・戊子・丁丑・丙寅。

推五星——総論と基本定数

  • 五星は木星(歳星)・火星(熒惑)・土星(填星)・金星(太白)・水星(辰星)に配当される。それぞれの終日(一周期の日数)と天度とを相約して周率・日率とする。章歳に周率を乗じたものを月法、章月に日率を乗じたものを月分とし、月分を月法で割ったものが月数である。通数に月法を乗じたものが日度法である。斗分に周率を乗じたものがその星の斗分である。日度法は紀法に周率を乗じて用いるため、これと同様に分に乗じる。
  • 五星の朔大余・小余は、通法をそれぞれ月数に乗じ、日法でそれぞれ割ったものが大余、余りが小余となる。六十で大余を割る。
  • 五星の入月日・日余は、通法をそれぞれ月余に乗じ、合月法を朔小余に乗じて合算し、会数で約したものを日度法で割るといずれも得られる。
  • 五星の度数・度餘は、多い方から少ない方を引いた残りを度餘分とし、周天を乗じて日度法で約したものが度、割り切れない端数が度餘であり、周天及び斗分を超えれば取り除く。
  • 共通定数——紀月:七千二百八十五。章閏:七。章月:二百三十五。歳中:十二。通法:四万三千二十六。日法:千四百五十七。会数:四十七。周天:二十一万五千百三十。斗分:百四十五。
  • 木星:周率、六千七百二十二。日率、七千三百四十一。合月数、十三。月余、六万四千八百一。合月法、十二万七千七百十八。日度法、三百九十五万九千二百五十八。朔大余、二十三。朔小余、千三百七。入月日、十五。日余、三百四十八万四千六百四十六。朔虚分、百五十。斗分、九十七万四千六百九十。度数、三十三。度餘、二百五十万九千九百五十六。
  • 火星:周率、三千四百七。日率、七千二百七十一。合月数、二十六。月余、二万五千六百二十七。合月法、六万四千七百三十三。日度法、二百万六千七百二十三。朔大余、四十七。朔小余、千百五十七。入月日、十二。日余、九十七万三千十三。朔虚分、三百。斗分、四十九万四千十五。度数、四十八。度餘、百九十九万千七百六。
  • 土星:周率(原文「周度」)、三千五百二十九。日率、三千六百五十三。合月数、十二。月余、五万三千八百四十三。合月法、六万七千五十一。日度法、二百七万八千五百八十一。朔大余、五十四。朔小余、五百三十四。入月日、二十四。日余、十六万六千二百七十二。朔虚分、九百二十三。斗分、五十一万千七百五。度数、十二。度餘、百七十三万三千百四十八。
  • 金星:周率、九千二十二。日率、七千二百十三。合月数、九。月余、十五万二千二百九十三。合月法、十七万千四百十八。日度法、五百三十一万三千九百五十八。朔大余、二十五。朔小余、千百二十九。入月日、二十七。日余、五万六千九百五十四。朔虚分、三百二十八。斗分、百三十万八千百九十。度数、二百九十二。度餘、五万六千九百五十四。
  • 水星:周率、一万千五百六十一。日率、千八百三十四。合月数、一。月余、二十一万千三百三十一。合月法、二十一万九千六百五十九。日度法、六百八十万九千四百二十九。朔大余、二十九。朔小余、七百七十三。入月日、二十八。日余、六百四十一万九百六十七。朔虚分、六百八十四。斗分、百六十七万六千三百四十五。度数、五十七。度餘、六百四十一万九百六十七。

推五星(積合の算出)

  • 上元から求める年まで積み、周率を乗じ日率で割ったものを積合とし、割り切れない端数を合余とする。周率で割った商が二ならその星は前々年に合し、一なら前年に合し、割り切れなければその年に合する。合余を周率から引いたものが度分となる。金星・水星の積合は、奇数なら晨(明け方)、偶数なら夕(夕方)に見えることを示す。

推星合月

  • 月数・月余をそれぞれ積合に乗じ、合月法を満たせば月に繰り上げ、割り切れない端数を月余とする。紀月から積月を引いた余りが入紀月となる。副えて章閏を乗じ、章月で割ったものを一閏とし、入紀月から引いた残りを歳中で割り、天正から算え起こしたものが合月である。閏の際は朔をもって扱う。

推入月日

  • 通法を月余に乗じ、合月法を朔小余に乗じて合算し、会数で約したものを日度法で割った商が星合の入月日となる。割り切れない端数を日余とし、朔から算え起こす。

推星合度

  • 周天を度分に乗じ、日度法で割ったものが度、割り切れない端数が余りとなる。牛宿前五度から度を数え起こす。
  • (以上が星合を求める法である。)

求後合月

  • 月数に月数を、月余に月余を加え、合月法を満たせば一月に繰り上げる。歳中に満たなければその年に合し、満ちれば取り除いて閏の計算をし、余りは翌年の合となる。さらに満ちればその翌々年となる。金星・水星は晨に加えれば夕、夕に加えれば晨となる。

求後合朔日

  • 朔の大小余に合月の大小余を加え、月に繰り上がる場合はさらに大余二十九・小余七百七十三を加え、小余が日法を満たせば大余に繰り上げ、以下上と同様に命じる。

求後入月日術

  • 入月日・日余に合入月日及び余りを加え、余りが日度法を満たせば一日に繰り上げる。前の合朔の小余がその虚分を満たす場合は一日を減じる。後の小余が七百七十三以上なら二十九日を引き、満たなければ三十日を引き、その余りが後合の入月日となる。

求後度

  • 度に度を、度餘に度餘を加え、日度法を満たせば一度に繰り上げる。

五星の伏見・行度

  • 木星:伏三十二日(三百四十八万四千六百四十六分)。見三百六十六日。伏行五度(二百五十万九千九百五十六分)。見行四十度、うち逆行十二度を除き、定行二十八度。
  • 火星:伏百四十三日(九十七万三千十三分)。見六百三十六日。伏行百十度(四十七万八千九百九十八分)。見行三百二十度、うち逆行十七度を除き、定行三百三度。
  • 土星:伏三十三日(十六万六千二百七十二分)。見三百四十五日。伏行三度(百七十三万三千百四十八分)。見行十五度、うち逆行六度を除き、定行九度。
  • 金星:晨伏東方八十二日(十一万三千九百八分)。見西方二百四十六日、うち逆行六度を除き定行二百四十六度。晨伏行百度(十一万三千九百八分)。見東方は日度が西と同じで、伏十日・退八度。
  • 水星:晨伏三十三日(六百一万二千五百五分)。見西方三十二日、うち逆行一度を除き定行三十二度。伏行六十五度(六百一万二千五百五分)。見東方は日度が西と同じで、伏十八日・退十四度。

五星暦歩術

  • 伏日度及び余りを法として星合の日度余に加え、余りが日度法を満たせば一に繰り上げ全体を上と同様に命じると、星の見える日及び度を得る。星の行分の母を見度に乗じ、余りが日度法を満たせば一を得、分が割り切れず半法以上でも一を得る。日ごとに行分を加え、分がその母を満たせば一度に繰り上げる。逆行・順行で母が異なる場合は、当該の行の母を旧分に乗じ旧母で割ったものを当該の行分とする。留(停止)は前を承け、遞(順逆の切り替わり)は減じる。伏して度に満たない分は斗宿にかかる分を除き、行の母を率として分に損益があり、前後で相補う。「盈に満つれば約す」というのはすべて実(被除数)を求める除法であり、「去る」「除く」とは尽くすまで割る除法である。
  • 木星:日と合して晨に伏し、順行十六日百七十四万二千三百二十三分で星二度三百二十三万四千六百七分行き、晨に東方に見える(日の後にある)。順・疾で日行五十八分の十一、五十八日で十一度行く。さらに順・遅で日行九分、五十八日で九度行く。留まって二十五日動かず旋回する。逆行し日行七分の一、八十四日で十二度退く。再び二十五日留まって順行し、日行五十八分の九、五十八日で九度行く。順・疾で日行十一分、五十八日で十一度行き、日の前にあって夕方西方に伏す。十六日百七十四万二千三百二十三分で星二度三百二十三万四千六百七分行き、日と合する。すべてで一終、三百九十八日三百四十八万四千六百四十六分、星は四十三度二百五十万九千九百五十六分行く。
  • 火星:日と合して晨に伏し、順行七十一日百四十八万九千八百六十八分で星五十五度百二十四万二千八百六十分半行き、晨に東方に見える(日の後にある)。順で日行二十三分の十四、百八十四日で百十二度行く。さらに順・遅で日行二十三分の十二、九十二日で四十八度行く。留まって十一日動かず旋回する。逆行し日行六十二分の十七、六十二日で十七度退く。再び十一日留まって順行し、日行十二分、九十二日で四十八度行く。さらに順・疾で日行十四分、百八十四日で百十二度行き、日の前にあって夕方西方に伏す。七十一日百四十八万九千八百六十八分で星五十五度百二十四万二千八百六十分半行き、日と合する。すべてで一終、七百七十九日九十七万三千十三分、星は四百十四度四十七万八千九百九十八分行く。
  • 土星:日と合して晨に伏し、順行十六日百十二万二千四百二十六分半で星一度百九十九万五千八百六十四分半行き、晨に東方に見える(日の後にある)。順で日行三十五分の三、八十七日半で七度半行く。留まって三十四日動かない。逆行し日行十七分の一、百二日で六度退く。再び三十四日留まって順行し、日行三分、八十七日で七度半行き、日の前にあって夕方西方に伏す。十六日百十二万二千四百二十六分半で星一度百九十九万五千八百六十四分半行き、日と合する。すべてで一終、三百七十八日十六万六千二百七十二分、星は十二度百七十三万三千百四十八分行く。
  • 金星(晨):日と合して晨に伏し、逆行五日で四度退き、晨に東方に見える(日の後にある)。逆行日行五分の三、十日で六度退く。留まって八日動かない。旋回して順行し、遅で日行四十六分の三十三、四十六日で三十三度行って順となる。疾で日行一度九十一分の十五、九十一日で百六度行く。さらに順・益疾で日行一度九十一分の二十二、九十一日で百十三度行き、日の後にあって晨方東方に伏す。順行四十一日五万六千九百五十四分で星五十度五万六千九百五十四分行き、日と合する。一合、二百九十二日五万六千九百五十四分、星もまた同様。
  • 金星(夕):日と合して夕に伏し、順行四十一日五万六千九百五十四分で星五十度五万六千九百五十四分行き、夕方西方に見える(日の前にある)。順・疾で日行一度九十一分の二十二、九十一日で百十三度行く。さらに順・減疾で日行一度十五分、九十一日で百六度行って順となる。遅で日行四十六分の三十三、四十六日で三十三度行く。留まって八日動かない。旋回して逆行し、日行五分の三、十日で六度退き、日の前にあって夕方西方に伏す。逆・疾で五日四度退き、日と合する。すべて再合一終、五百八十四日十一万三千九百八分、星もまた同様。
  • 水星(晨):日と合して晨に伏し、逆行九日で七度退き、晨に東方に見える(日の後にある)。さらに逆・疾で一日一度退く。留まって二日動かない。旋回して順行し、遅で日行九分の八、九日で八度行って順となる。疾で日行一度四分の一、二十日で二十五度行き、日の後にあって晨方東方に伏す。順行十六日六百四十一万九百六十七分で星三十二度六百四十一万九百六十七分行き、日と合する。一合、五十七日六百四十一万九百六十七分、星もまた同様。
  • 水星(夕):日と合して夕に伏し、順行十六日六百四十一万九百六十七分で星三十二度六百四十一万九百六十七分行き、夕方西方に見える(日の前にある)。順・疾で日行一度四分の一、二十日で二十五度行って順となる。遅で日行九分の八、九日で八度行く。留まって二日動かない。旋回して逆行し、一日一度退き、日の前にあって夕方西方に伏す。逆・遅で九日七度退き、日と合する。すべて再合一終、百十五日六百一万二千五百五分、星もまた同様。