清史演義過去を遡り身の上を慨嘆す/前朝の由来を詳しく述べる(第 一 回 溯往事慨談身世  述前朝細敘源流)

語り手の前置き

  • 「帝徳乾坤大、皇恩雨露深」という対聯は、清代の官民が毎年新春に紅箋へ書いて門に貼った文句であった。語り手は幼い頃、清朝の治世下で人々が各々の仕事に励み太平を享受していた様子を回想する。
  • 塾に入って学び始めた頃、塾師から歴代皇帝の諱(玄・曄・胤・弘・顒・詝など)を避諱すべきこと、また歴・寧・淳などの字は曆・甯・湻と書き換えて敬避することを教わった逸話を語る。
  • のちに清朝の威勢は次第に衰え、安南・緬甸を英仏に奪われ、日清戦争に敗れて賠償金と台湾・澎湖を割譲し、旅順・大連湾・膠州湾・威海衛・広州湾が次々と列強に租借されるなど、国辱が重なった。
  • 内には革命の機運が高まり、武昌起義を機に各省が呼応して二百六十八年続いた清室はついに倒れた。世人は清朝を口を極めて罵るようになったが、語り手はそれもまた行き過ぎであると考え、清朝の興亡を公平に考察することが今後の治世に資すると述べ、本書執筆の趣旨とする。

満洲の起源伝説

  • 清朝発祥の地は山海関外・瀋陽東方の鄂多里という小村落で、住民は通古斯族と呼ばれ、遠く肅慎国の末裔と伝えられる。金の太祖阿骨打もこの一族の出身で、金滅亡後も一部の遺族が長白山麓へ逃れ住んだ。
  • 長白山麓に恩古倫・正古倫・仏庫倫という三姉妹があり、あるとき布庫裡山のふもとで水浴びをしていたところ、鵲が運んできた朱色の果実を仏庫倫が口にした。すると仏庫倫は身籠り、十月後に容貌の秀でた男児を産んだ。
  • その子は布庫里雍順と名付けられ、母から「愛新覚羅」の姓を与えられた(愛新は金、覚羅は姓氏の意)。長じて柳の筏を編んで川を下り、鄂謨輝という村落に流れ着く。
  • 村では三姓が抗争を続けており、村人は流れ着いた布庫里雍順を「天生の神人」として迎え、汲水の娘(伯裡)を娶らせて婿とした。長老たちは彼を部長・貝勒として推戴し、彼は鄂多里城を築いて愛新覚羅部を興し、満洲建国の始祖となった。

評語

  • この回は全書の総序であり、以下の物語を呼び起こすとともに著述の主旨を示すもの。満洲の源流を述べ、成れば帝王、敗れれば賊とされる歴史の道理を示唆する。歴代王朝が開国の由来を瑞祥・奇異な出来事に仮託するのは謬論であり、本回が天女降誕・朱果祥瑞の類を暗に荒唐無稽と示すのは、世人の迷信を打破する意図であって、単なる稗官小説の作り話として見るべきではないと評す。