資治通鑑漢紀四十八 孝靈皇帝上之上 建寧 四年 171年
正月から三月 元服・災異・人事
- 正月甲子、帝は元服し、大赦を行ったが、党人だけは赦されなかった。
- 二月癸卯、地震があった。
- 三月辛酉朔、日食があった。
- 太尉聞人襲が免ぜられ、太僕の李咸が太尉となった。大疫も起こった。
- 司徒許訓が免ぜられ、司空橋玄が司徒となった。
- 夏四月、太常の来艶が司空となった。
秋 皇后冊立と公卿異動
- 秋七月、司空来艶が免ぜられた。
- 癸丑、貴人宋氏が皇后に立てられた。宋后は執金吾宋酆の娘である。
- 司徒橋玄が免ぜられ、太常の宗俱が司空となり、前司空の許栩が司徒となった。
冬 南宮の竇太后と董萌の死
- 帝は、竇太后に擁立の功があることを忘れていなかった。冬十月戊子朔、群臣を率いて南宮の太后に朝し、自ら食を進めて寿を祝った。
- 黄門令の董萌はこの機にたびたび太后の冤を訴え、帝は深くそれを受け入れて、供給や奉養を以前より厚くした。
- 曹節・王甫はこれを憎み、董萌が永楽宮を誹謗したと誣告し、獄に下して殺した。
北辺
- 鮮卑が并州に侵入した。