資治通鑑漢紀三十七 顯宗孝明皇帝 永平 六年 63年
春夏:宝鼎の献上と祥瑞への自戒
- 二月、廬江郡の王雒山から宝鼎が出たとして、朝廷に献上された。
- 四月、帝は詔を出し、祥瑞は徳に応じて現れるものだが、現在の政治教化には偏りが多く、本当にこれに値するのかと自省した。
- 『易』に鼎を三公の象徴とすることから、三公以下の官が職務をよく果たした結果かもしれないとして、三公に帛五十匹、九卿・二千石にはその半分を下賜した。
- 同時に、光武帝のころから禁じられていた「聖」を称える過度の上言が、近ごろまた浮華な語を交えがちだとして、今後は尚書がそうした過剰賛美の章奏を取り上げないよう命じた。
冬:魯・陽城への行幸
- 十月、帝は魯に行幸した。
- 十二月、帰路に陽城へも立ち寄り、壬午の日に宮へ戻った。
匈奴:南単于の交代
- この年、南単于の適が死去し、その子の蘇が丘除車林鞮単于として立ったが、数か月でまた死去した。
- そこで適の弟の長が、湖邪尸逐侯鞮単于として即位した。