資治通鑑漢紀二十四 孝成皇帝 元延 三年 前10年
岷山崩壊
- 春正月丙寅、蜀郡の岷山が崩れ、江水をせき止めて三日間流れず、下流は干上がった。
- 劉向はこれを非常に不吉な徴と見て、周の岐山崩壊と三川の枯渇の後に幽王が滅んだ例を引いた。
- そして、漢の基業は蜀漢から起こったのだから、その根本の地で山が崩れ川が絶えるのは、国家滅亡のしるしだと論じた。さらに、彗星が大角・攝提付近に及んでいることも合わせて、大きな危機を示すとした。
淳于長の封侯
- 二月丙午、淳于長が定陵侯に封ぜられた。
胡人の前での大猟
- 三月、成帝は雍で五畤を祀った。
- 成帝は胡人に漢の威勢を誇示しようとして、秋に大規模な狩猟を企てた。
- 右扶風に命じて民を動員し、南山一帯で西は褒斜から東は弘農まで網や罠を張り巡らせ、熊・羆など多くの獣を捕えて長楊宮の射熊館へ送り込ませた。
- 周囲を囲って獣を放ち、胡人に素手でこれと闘わせ、獲物を自分で取らせる趣向とし、成帝も自ら臨んで観覧した。