資治通鑑漢紀十六 中宗孝宣皇帝上之上 地節 元年 前69年
楚王延寿の自殺
- 春正月、西方に彗星が現れた。
- 楚王劉延寿は、広陵王胥が武帝の子であり、天下に変があれば必ず立てられると見て、密かにこれに結びつこうとした。
- 異母弟の趙何斉が広陵王の娘を妻としていたのを利用し、広陵王に書を送り、「耳目を長くして機会を逃すな、天下を人後に取られるな」と伝えた。
- ところが趙何斉の父・長年が上書してこれを告発し、取調べで罪状は明らかになった。
- 冬十一月、延寿は自殺した。広陵王胥の側は処罰されなかった。
- 十二月癸亥朔晦、日食があった。
于定国、廷尉として称賛される
- この年、于定国が廷尉となった。
- 彼は疑わしい事件の判断に慎重で、寡婦ややもめに哀れみを寄せ、疑わしきは軽くする方針をとった。
- 朝廷では、「張釈之が廷尉であった時は天下に冤民がなかった。于定国が廷尉であれば、人々は自分が冤罪になることはないと安心する」と評判された。