資治通鑑漢紀十三 世宗孝武皇帝 元封 五年 前106年

冬 南巡と虞舜の望祀

  • 武帝は南方を巡狩し、盛唐に至って九疑山を望み、虞舜を祭った。
  • さらに灊の天柱山に登り、尋陽から長江を下り、自ら江中の蛟を射てこれを獲た。
  • 大船団を連ねて樅陽を経て北上し、琅邪に至るまで、海辺の名山大川を広く巡って祭祀した。

春三月 明堂での上帝祭祀

  • 春三月、泰山に戻って封土を増し、甲子の日に明堂で初めて上帝を祀り、高祖を配した。
  • その際、諸侯王・列侯を朝会させ、郡国からの計簿も受け取った。

夏四月 大赦・衛青の死・十三州刺史

  • 夏四月、天下に大赦を行い、行幸先の県にはその年の租賦を免じた。
  • 甘泉に還って泰畤を郊祀したのち、長平烈侯の衛青が薨じた。墓は盧山を模して築かれた。
  • すでに武帝は胡・越を退け、領土を大きく広げていたため、交阯・朔方を含む全国を十三部州に分け、刺史を置いた。
  • 胡注は刺史が春分や秋に巡行し、六条によって二千石の治政・豪族・冤獄・選挙・請託・賄賂を監察した制度を詳述している。

人材登用の詔

  • 武帝は名臣や文武の人材が尽きつつあると感じ、「常軌を外れた人物でも、使い方しだいで功を立てる」とする詔を出した。
  • 州郡に命じて、吏民の中から茂才異等の者、将相になれる者、遠国への使者に堪える者を推挙させた。